06.
夢は階層構造を成していて、夢に降り立った所を便宜的に第一階層、地上と言う。
地上が一番最近の記憶を有して、階層を重ねるごとに、夢主は追うのが難しくなる。
そのため探す記憶は、大抵第二、第三階層にあった。
僕が真田君と潜るのは大抵第二階層で、一度だけ第三階層に入ったが、それより下には潜ったことがない。
潜る必要がなかったということもあるが、階層が下がるごとに危険が増すのだと真田君が教えてくれた。
『俺達が夢から出るには、入った場所、つまり第一階層にいる必要があるわけ。だから、離れれば離れるほど、現実との距離が開くってのは解るよな? 社長のシステムがいくら高性能でも、限界はあるってことだよ』
だから第三階層まで行って、探し物が見つからなければ、一端戻って社長の判断を仰ぐことになっている。
「階層の入口が、こんなブラックホールみたいなもののこともあるの?」
「まぁ、割と何でもありだって。最近キヨさんと行くのは、窓とか鳥居とか普通な感じが多かったけどさ、実際噴火口だとかダストシューターだとか、酷いときは巨人の口の中ってのもあるんだぜ?」
「巨人?」
「あの時は一寸法師になった気分だったっての」
真田君の口から出たのが日本の昔話だったことに、僕はなんだか笑ってしまった。
巨人と言ったらジャックが浮かぶ僕は、大分西洋かぶれなのだろう。
「何?」
「いや、ジャックじゃないんだね」
「ジャックは別に食べられてないだろ?」
「なるほど、そうか」
「そうだよ」
呆れたように肩を竦めてから、真田君は真面目な顔をしてまたブラックホールもどきを睨んだ。
けれどそんな風に見ているうちに、ブラックホールは見る間に小さくなって、自分を吸い込むようにすっかり消えてしまった。
あとには白いタイル張りが何事もなかったかのようにてかてかと光る。
「あ」
「全部開けるなんて面倒なこと、御免被るぜ」
他の扉を睨んだ真田君の右手が素早く動いて、気付けば真田君は大きな弓と一本の鏑矢を握っていた。
「え、ちょっと、真田君?」
「まぁ、ものは試しで」
立派な風切羽を摘んで、真田君は見惚れるような動作で矢を番える。
そういえば、実家は弓道の家だなんて言ってたなと思い出したのは、真田君が矢を放ってからだった。
唸りをあげた鏑矢が、向かい合う扉の間を飛ぶ。
そこを基点に信じられないような風が起こって、がちゃがちゃと騒がしくドアノッカーがコーラスを始めた。
「夢だから、割となんでもありだっていったろ。キヨさん」
唖然とした僕に片目を眇めて見せて、真田君は徐に彼方へ視線を向ける。
闇に向かって飛んだ鏑矢の音はまだ続いていて、ドアノッカーのコーラスも遠ざかった。
不意に。
本当に、唐突に全ての音が止んだ。
ギィイイイ
悲鳴のように軋んだ音が響き渡る。
「さて、第二階層がお呼びだ。キヨさん」
「あんまり歓迎されてるとも思えないけど」
溜息をついた僕と裏腹に、真田君は口笛でも吹きそうな様子で手元の弓をくるりと廻して消して見せた。