04.
とぷりと沈み込むようなこの感覚が、まだ慣れない。
妙な浮遊感を伴うせいだと思う。
エレベーターごと水の中に落ちた気分だ。
そんなことを言ったら、真田君はけらけら笑った。
「キヨさん、エレベーターで水の中に落ちたことあんの?」
「ないよ。例えだって」
「解ってるよ。理解できないものを理解できるものに置き換えようとするのは、人間特有の頭の働きだろ」
「え?」
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってな」
「なんか違わない?」
眉を顰めると、真田君は肩を竦めた。
尤も竦めたように見えただけだ。
僕も真田君も、此処には物理的身体は存在しない。
此処-依頼者の夢の中-にいる僕たちは、意識態(と社長は言う。)という状態で、解りやすく言えば、意識だけバーチャルリアリティに飛び込んでいるようなものらしい。
つまり身体を保っているのは、僕たちの意識の力と社長の開発したシステムの緻密な性能の為せる技というわけだ。
社長の話では、当初の研究では意識態の危険性を考慮して、身体ごと夢に入ることも考えたらしい。
ただ、意識態の利点(不安定であるが故に、意識態であることを利用し、夢の中で物体を想像することで生み出すことができる)と、身体ごと夢に入ることの難易性から、結局は意識態の安全性向上を中心に研究は進められたらしい。
お蔭で、器がないとは思えないくらい鮮明に僕や真田君は存在している。
不意に開けた空間で足がついた。
本当は足を想像している意識態なのだが、そんなことをいうとややこしいので、取り敢えず足(僕が足だと思っている部分。以下略)が固いところについた。
そこは真っ白なタイル張りの場所で、テナントの入っていない真新しいビルのワンフロアを彷彿させた。
「何もないね」
「なに、キヨさん。何があったら良かったわけ?」
「うーん。ビルだったら扉が欲しいよね」
「うちのビルはワンフロアにテナントひとつだけど?」
あっさりとした反論に僕が言葉につまると真田君が僅かに目を見開く。
「キヨさんの想像って悪趣味」
「ちょっと待ってよ。扉ってだけで、どう」
真田君の視線を追うと言葉の理由が解った。
「悪趣味、には同意するけど、断じてあれは僕の想像じゃないから!」
いつのまにか真っ白なタイルの端が見えなくなって、先へ伸びた長い通路の左右には奇妙な色合いの扉がずらりと並ぶ。
グロテスクとアンティークを掛け合わせたらあんなふうに奇抜な色で塗られた扉になるんだろうか。
ぱっとみる限り、並んだ扉はひとつとして同じものはないようだった。