03.
「キヨさん、目ぇ開けて寝てんの?」
唐突に開いた事務所の入口に目を向けるより早く、遠慮のない声が事務所に響く。
「真田君? あれ、学校は?」
高校生アルバイトの少年は、いつもと同じようにブレザーを着て鞄を肩に担いでいた。
「テスト期間」
「そんな訳ないよね、まだ5月半ばだよ?」
思わず眉を顰めると、彼は小さく肩を竦める。
「正確に云えば、学祭の代休」
「最初からそう言ったらいいのに」
「説明いらないだろ、テスト期間っていっとけば」
「そう云う問題?」
呆れたように目を細めると、彼は重そうな鞄を降ろして僕が机に広げた依頼書を摘まみあげた。
「これ、先週のやつ?」
「そうだよ。今から報告書を書くところだけど」
「新しい依頼は?」
「昼頃に一件予定が入ってるよ。メールの方は、」
立ち上がったパソコンを操作して、僕はメールボックスをチェックする。
何件かのメールマガジンを無造作に削除していくと、3件のメールが残った。
「3件あるけど、内容はどうかな」
「取り敢えず印刷してよ」
「了解」
カチカチとマウスを操作すると、反応してプリンタがヴヴヴと音を立てて紙を吐き出す。
いち早くプリンタの前を陣取って紙を拾い上げる彼に視線を投げて、僕は画面に目を戻した。
スクロールしてメールの本文を眺めていく。
「1件目は、なし」
「そうだね」
時々勘違いした依頼がある。
この仕事を請け負えるのは、依頼者本人のことだけだ。
他人にこの記憶を植えてくれ、とか、他人にこの記憶を思い出させてくれ、というのは受付けられない。
『昔付き合ってた人から、私と付き合っていた記憶を消してください』
これは、対象にならない依頼だ。
「2件目は、」
「これは社長に相談だな」
『痴呆になったときに、息子の事だけは思い出せるように今から予約しておきたい』
メールの内容を斜め読みしていた僕は、不意に視界の隅で彼が動きを止めたことに気づいて顔を上げた。
「真田君?」
「3件目は行けそうだ。ちょっと面倒臭そうだけどな」
慌てて視線を落とすのと、彼がプリントアウトした紙を持って社長室をノックする。
「社長、仕事がきた」
「おや、おはよう。サボりじゃないよね?」
「心配しなくても、代休だから」
ぱたんと閉じた扉の音を耳だけで捉えて、僕はぱちぱちと目を瞬かせた。
『小学生の頃に手紙を埋めた場所を思い出したい』
3件目のメールの内容は、酷く簡潔だった。