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想訪人 -sohojin-  作者: あき
仕事の始まり
2/9

01.

潜入ゲームの設定を使用


あの日手にした一枚のチラシが、僕の人生を左右した。



不況の煽りをくって、僕の勤めていた会社が吸収合併されることが決まったのは、気象庁が梅雨に入りを告げてすぐのことだった。

社内に漂っていた霞のような気配が途端に色をなして社員に襲い掛かってきたのだ。

当然末端社員の僕に逃げる術はない。

養うべき家族も持たない、漸く新人から格上げされようかという入社3年目の僕が太刀打ちできる要素は万にひとつもなく、当然のように僕は仕事を失うことになった。

会社自体の身辺整理に合わせて、僕と同じように会社を去ることになった人々はのろのろと片付けを始める。

僕たちがこの会社にいられるのは、来年の春までになったわけだ。

終わりの決まった物事というのは、どうしてこう早く進むような気がするのだろう。

次の仕事の当てもないままに、気付けば暦は冬を告げていた。

後片付けと云うのは、意外に手間がかかる。

戸棚を開けるたびに、良く解らない資料がゴマンと出てくるのだ。

全てに目を通して選り分けていくのは、少しずつ擦り減らされる神経を数えているような気分になる。

要らない書類の束ばかり増えると、どうして必要なくなった時点で捨てないのかと思ってしまう。

お蔭で、結局必要なほんの少しのために、不必要な大量の資料を捲る羽目になるのだ。

好い加減うんざりして、帰路につくと駅の階段を下った所で、不意に少年とぶつかりそうになった。

「っと、ごめん」

ひらりと身を交わして階段を駆け上がっていくブレザーを見るともなく見送って、あの頃は僕にもあんな元気があっただろうかと考える。

そう昔の事でもない筈なのに、その記憶は遥か彼方だ。

頭をひとつ振って僕は家へ続く道を急いだ。



「なんだろ、これ」

見覚えのないチラシが、肩から降ろした鞄の中に入っていた。

表だけ印刷されたそれは、「社員募集」の文字が躍っていて、僕は思わず冷蔵庫から出したビールを片手にそのチラシに目を落とす。


『アルバイト・正社員募集。当社では、依頼者からの仕事内容に応じて当社の職員を派遣している人材派遣会社です。未経験者歓迎。週一日から働いていただけます。交通費、時間外手当等別途手当支給有。アルバイトについては時給1,000円から。社員については1カ月(20日換算)14万以上。その他能力に応じて昇給有。研修期間は能力に応じて判断します。(研修期間中も給与有。)詳しくは面接の際にご説明いたします。ぜひ一度ご連絡ください。電話は朝7時から、夜21時まで』


その会社は、良く見れば独り暮らしの此処からより実家に随分近い。

独りきりで暮らす父親が、最近風邪を拗らせて2日ばかり入院した。

連絡をくれたのは、その病院で働いていた中学時代のクラスメイトで、そうでなければ多分頑固で意地っ張りな父親は一言も口にはしなかっただろうと思う。

帰って、新しい仕事を探そうか。

そう考えていた矢先だった。

片田舎とも云うべき場所に建つビルの2階と書かれた住所に、僅かに目を細める。

時計を見れば、あと数分で21時になろうかというところだった。

思わず電話に手を伸ばしたのは何故だったのだろう。

21時を過ぎていたなら、きっとこんなチラシは捨ててしまっていた。

すり減りすぎた神経は、多分正常な判断を下せるだけの思慮に欠けていたのだ。


だからそれは、本当に奇妙な巡りあわせだった。


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