依頼
処女作となります。更新は不定期です。
人々の仕事や生活を補助する仕事である便利屋のエンリルは悩んでいた。
帝国の領地内の町の一つであるナンオレスに住み自宅兼仕事場と化している一軒家の応接室で彼はこれから先のことを考える。
彼がここまでなぜ悩んでいるのかというと、目の前のソファーに座りこちらをじっと見つめる小さな少女が大きな原因であった。
少女の容姿は、まだ幼さを感じさせるが、将来有望であると思わせるほど整っていた。
手入れの行き届いた金色の髪、エンリルを見つめる青い瞳には、年に似合わず知的な雰囲気を感じさせるものがあり、服装も服にあまり詳しくないエンリルでも分かるほど高価なものであると判断できるほどであった。
いかにも金持ちの娘だと分かるような外見をしているこの少女は、ヴァネーゼという名前であるらしい。
らしいという曖昧な表現であるのは、実際目の前にいる少女からではなく、ある依頼人を通して名前を聞いたからだ。
その依頼人はよく仕事を依頼される所謂エンリルにとってお得意様であるのだが、いつもは簡単な仕事しか依頼してこないのに、今回に限って厄介事を押し付けられてしまった。
普通の依頼人であれば断る話だが、その依頼してきた人物は、エンリルが便利屋稼業を始めるのに一役買ってくれたり、出資金や様々な人脈を紹介してもらったりと、便利屋エンリルの今を作り上げるのに大きく貢献してもらった恩人だった。
だからこそ、エンリルはその依頼人を無下にはできない。
だが、今回の依頼はエンリルにとっては今までの依頼とは違い、少し厄介なものであった。
そして、その依頼というのが目の前の少女ヴァネーゼを預かってほしいという依頼内容であった。
エンリルは、今まで便利屋として誰かの面倒を見るという依頼を受けたことはある。
しかし、どれもこれもまだ幼い子供や、珍しいものに関しては、体の不自由で身寄りのない老人の面倒を見たなどであり、年頃の少女で、しかも良い身なりで金持ちの娘と一目で分かりそうな人物の面倒を見るのは初めてだった。
また、エンリルは短いながらも便利屋を始めてから今までやってきた経験上、これは依頼内容にしては少なからず危険を含んでいるのではないかと思っていた。
態々どこの馬の骨とも知れない男のところに預けようとするあたり怪しさを感じさせ、依頼を受けるにあたっては嫌な感じがしたからだ。
また、依頼金は破格であるから余計に不安が募る。
良い話には裏がある。
そう疑い仕事を断るのが最善の方法だが、人間関係や信頼関係という鎖がその手段をとることを許してくれそうにない。
そして、それがまたエンリルを悩ませるのであった。
依頼を受けてしばらくして、仕事があるからと言って依頼人はヴァネーゼを残して出ていった。
そして、二人は会話のないまま現在に至る。
意味もない無駄な時間が刻一刻と過ぎてゆ。
このままお互い何も喋らないわけにはいかないなとエンリルは思い、自分から話を切り出すことにした。
「今回、君の身辺の世話をさせてもらう便利屋のエンリルだ。よろしく頼む。」
エンリルは簡潔に挨拶をしたが、ヴァネーゼは依然として黙ったままだった。
じっとエンリルを青い瞳で見つめるだけだ。
彼女はこの応接室に入ったときから、無表情で何も話さずエンリルを見つめていた。
何か話したりしない限り、さすがのエンリルにもヴァネーゼがどういった人間なのか分からない。
ましてや、無表情を一貫として維持しているというのもまたより一層余分な要素となっていた。
何か気に障るようなことでもしてしまったのかとエンリルは考えたが、何一つとして思い当たる節がない。
「これからここに君は住むことになる。君の分の衣食住は依頼により俺が保証するが、何か質問はあるか?」
「喉が渇きました」
今まで、黙っていたヴァネーゼが口を開いた。
その声は見た目からして年相応とは言い難く、まるで老婆の様なしわがれた声であった。
エンリルは彼女の声に少し驚いたが、喉が渇いたとの注文を受けたことに気付いて気を取り直してもう一度聞いた。
「分かった。すぐに何か飲み物を用意しよう。だが、質問は何もないのか?」
「私の寝る場所やこの家の中について教えてください。まだ、何がどこにあるのかも分からないので。それ以外に聞くことは今のところ特にありません。聞きたいことがあればまた質問します。」
彼女の声は先ほど耳に届いたものと同じ老婆の様なしわがれた声である。
生まれつきなのか、何か理由があってそのような声になったのか、エンリルは尋ねたい好奇心が芽生えたが、そのようなことを聞くのは野暮であると思い、すぐにその考えは取り消された。