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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第2章 扉(5)

11月とは思えない暖かい土曜日だった。

平日は割と閑散としたこの通称噴水公園だが、休日ということもあってちらほら親子連れの姿が見える。


マキは昨夜、ベッドの中でもう一度あの記憶を反芻してみた。

あまりに一瞬で、バラバラに切り取られて並べられた画像の一つ一つの意味は分からなかった。

ただそれに添付されるように激しい感情が読みとれた。

誰に向けられているのか分からない激しい怒り。

そして今もマキを苦しめているほど強烈な母親への気持ち。

母親から受け取った包み込むような愛情。

ある日無惨に断ち切られたそれらすべての想い。

絶望と言う感情があるなら、あの瞬間味わったもの以上の絶望があるだろうか。

出来るなら一生見たくない地獄。きっと開けてはいけなかった扉。


“心配してると思うけどな”


その夜自分の帰りを待ちわびてリビングのソファで眠る母を見つけた。

久しぶりに見つめたその顔には、いくつものシワが刻まれていた。

すべての呪縛が溶けたように涙があふれてきた。

他人の心の隅にチラッと浮かんだ妄想を盗んで勝手に自暴自棄になっていた自分に無性に腹が立った。

「ごめんね、お母さん」


訳の分からない切なさは彼の感情なのか自分の感情なのか分からなくなった。

寂しくて、悲しくて、苦しくて。

他の人間の意識を読む。

それはその瞬間、その人と一つになることなんだ。

壁とか体とか、全てを越えて。

そしてマキは自分が思っても見なかった方向へ心が歩き出そうとしているのに気がついた。

あの時自分が何故もう一度会う約束をしたのかがやっとわかった。



マキは広い公園をぐるりと見渡した。

噴水に面した4つのベンチには親子連れが一組いるだけだ。

・・やっぱり、いるわけないか・・・。

込み上げてくる寂しさを振り払いながら、マキは自嘲気味に笑った。

自分はいったい何をやろうとしていたのか。


帰ろうとしたマキの視線の先。

メタセコイヤの木の陰にポツンと置かれたベンチがあった。

むこうを向いて座っている人物は明らかに眠っているのがわかる。

ベンチの背もたれに肘をかけて、そっと頭を乗せている。

見覚えのあるフワリとしたくせっ毛。


ゆっくり近づいて顔をのぞき込む。

気持ちよさそうに眠っている顔はまるで少年のようだった。

小さく心臓が疼いた。

何日も会っていない大切な人に会うような不思議な気持ちだった。

記憶の断片を共有してしまったこの人に対する思いが、マキの中でどうしようもなく膨れていく。

その感情を何と表現していいのか分からない。

ただ、犯してはいけない領域に踏み込もうとしているのはわかる。

この人の、

もっと深く。

もっと奥へ。

しだいに大きくリズムを刻む鼓動に耐えられなくなり

マキは空を仰いだ。

「ごめんなさい、神様。もうこれで最後にします」

華奢な白いマキの指先が眠ってる男の頬にそっと触れた。

あたたかな体温とともに、無防備な記憶のすべてが指先からゆるやかにマキの中へ入ってくる。

マキはゆっくりと目を閉じた。




噴水のかすかな心地よい水音と乾いた草のにおい。

サワサワとそよぐ小春日和の風。

どこかに隠れている小鳥たちのチチッというさえずり。

遠くではしゃいでいる子供達の楽しげな声。


ポタポタと流れ落ちる涙をぬぐうのも忘れて、

マキはその場に立っていた。

長い長い、気の遠くなるほどの時間を取り込んだあと、

ありとあらゆる感情に押しつぶされそうになりながらマキはゆっくりと息を吐いた。

それでもまだ眠り続けるその男を愛おしそうに見つめた後、

マキはその頬にそっとキスをした。



どれくらい経っただろう。

太陽はもうかなり高い位置から地上を照らしている。

目を覚ました青年は“ヤバ・・・”という表情を浮かべて腕の時計を見た。

少し伸びををすると辺りをキョロキョロと見渡し、

しばらくボーッと遠くに見える噴水の白い水しぶきを見つめていた。

やがてシャツの胸ポケットに何か入っているのに気がついて、そっと抜き出してみた。

白いメモ用紙に幼さの残るブルーの文字が並んでいる。


『ごめんなさい。 

 大切な物を盗んでしまいました。

 でも、もう二度と扉を開けることはしません。

 ほんとうにごめんなさい。 そして ありがとう』


しばらく青年はじっとそのメモを見つめて何か考えていたが、やがて肩をすくめてつぶやいた。

「やっぱ、わかんないや。女の子って」

右手で髪をクシャッとかき上げて立ち上がり、もう一つ伸びをした。

ちらりと見た携帯に2件の着信履歴。


「・・・怒ってるかな、坂木さん」


心配性の相棒の顔を思い浮かべてクスッと笑うと、少し急ぐようにポケットに手を掛けて歩き出す。

その胸元には何も語らない銀色のクロスがキラリと光っていた。



                    

       (第2章END) 



               ・・・第3章へ続く



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