表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白昼夢  作者: 佐崎らいむ
7/44

第2章 扉(3)

男はゆっくりマキに近づき、1メートルくらいのところで止まった。

手を伸ばせば届く距離だ。

マキは更に動悸が早くなっていくのを感じたが、なぜか動けなかった。

(どうしよう)

男がゆっくり口を開いた。


「その制服・・・・君、高校生だよねぇ。学校は?」

「は?」

意外な言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「学校、休んだんじゃないの? 今朝家には帰ったの?」

「な、なんでそんなこと聞くんですか。関係ないでしょ!」

男はちょっと首をかしげるような仕草をしてマキを見つめた。

「家の人、心配するよ。こんなことしてたら」

この人、私をからかってるんだろうか。

マキは頭にカーッと血がのぼって行くのを感じた。

親身になってくれるでもない教師や指導員に何度も言われた台詞だ。

「心配なんかしないわよ。私の事を本当に想ってくれる人なんていないもん」

「どうして?」

少し気だるげな、くるりとした特徴ある目がマキをみつめる。

「ママは私のことなんて関心ないんだから」


あれは小学5年生の夏だった。

まだあの力をコントロール出来なかった頃。うっかり覗いてしまった母の心の中。

一瞬流れ込んできた感情の断片にマキは凍り付いた。

母には好きな人がいた。

“夫や子供なんて居なければ、その人の所へ行けるのに”

信じられない想いがした。裏切られたような。

結局は何事もなく母と父とマキは表面上普通の生活を続けている。

けれどそれ以来マキは人間の心を読むのをやめた。

極力人に触れることもしなくなった。

ONにするのは感情の少ない野良猫くらいだ。


「心配してると思うけどな」

からかってるとは思えないやさしい声。でもそれが無性に腹が立つ。

「関係ないでしょ? なんで見ず知らずの人にそんなこと言われなきゃなんないの?」

「まぁ、・・・そうなんだけど」

男は困ったように少し笑った。

いったいこの人はなんだろう。

何だかいきなり現実にひきもどされて、さっきまでのワクワク感が消えかけている。

それに子供扱いされているような感じがしてイライラした。

カマをかけたらきっと何かボロを出すと思っていたのに、乗ってこない。

(でもきっと何か悪いことをしているに違いないんだから。女子高生、事件解決!な~んてカッコイイじゃない。

話してるうちにきっとボロを出すに決まってる)


マキはポケットの中の鎖を掴むと、男に見えるように目の前に垂らした。

冷たく光るクロスを見た瞬間の微妙な表情をマキは見逃さなかった。

「これ、あなたの?」

「ああ、・・・そう」

「どこに落ちてたか知りたくない?」

「え?」

「あのマンションの入り口よ?」 (さあ、何て言うかしら)

男はしばらくマキの顔を見ていたが、やがて可笑しそうにクックッと笑った。

マキにはそれがバカにしたような笑いに見えた。

「あそこには行ってないって言っただろ? たぶんここで落としたんだ。

ありがとう。拾ってくれたことには感謝するよ」


マキの中で何かがブチンと音を立てた。

(この人も私をバカにしている。不良でタチのわるい馬鹿なガキだと思っているんだ)

急に目の前の男がたまらなく憎らしくなった。

ペンダントの鎖を無言で男の方に突き出すと、男は少しとまどうように右手をゆっくり差し出してきた。

鎖を男の手に掛けると同時にマキはその手をグッと力一杯掴んだ。


「 ON 」


それは正に5年ぶりの「人間」への“行為” だった。


その瞬間流れ込んできた鮮烈な感情にマキは呼吸が止まるかと思った。


救いようのない悲しみと心を凍り付かせるほどの鮮烈な光景。

さらに意味を成さない画像の断片が矢継ぎ早に現れては消える。

優しい女性の笑顔、まだ幼くか細い手に握られた刃物、

おびただしい血の海からすくい上げられたクロス、・・・クロスのペンダント。

咄嗟に男が手を離さなかったらマキは倒れていたかもしれない。


「びっくりした~! どうしたの?」

驚いてマキを見つめる少年のような目。

めまいを必死でこらえながらマキは男を見つめ返した。

ふり絞って出した声が震えていた。


「ごめんなさい・・」

「え?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


人の心を覗くということはこういう事だったんだ。

激しい後悔と吐き気と罪悪感に耐え切れずマキは両腕で自分を抱え込んだ。

「ねぇ、どうした? 気分が悪いの?」

心配そうにマキをのぞき込むその目をマキはもう見れなかった。

「・・・あした。あしたまた来て下さい。そこの噴水公園。お昼・・・お昼頃。お願い、待っててください!」

必死にそれだけ早口でしゃべると、マキは走り出した。

逃げる、といった方が良かったかも知れない。


自分がやってしまった深い深い罪から。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ