第9章 天使の称号(4)
帰路、まるで話しかけないでくれとでも言うように距離を置いていた陽に、坂木もあえて何も言わなかった。
気を張っているいるというよりも意地を張っているように感じられ、坂木はさらに落ち着かなかった。
落ち着けという方が無理なのかもしれない。
突きつけられた要求は、あまりにも残酷なものだ。
けれどその責任の取り方を承知の上で、自分たちはOEAに身を置いている。
坂木はその事実の苦々しさを改めて実感した。
陽はホテルに着くとすぐ支部からの情報が入っている端末のファイルを開き、
記憶するようにじっと読んでいたが、急に立ち上がると再び出かける準備を始めた。
「どこへ行くんだ?」
答えは出ないが、今回のことをちゃんと話し合おうと思っていた坂木は少し慌てて陽を引き留めた。
陽は何かを決意したようにじっと坂木をみつめた。
その手には、いつも仕事で使う機器類が握られている。
信じられない思いで坂木は陽を見た。
「お前・・・まさか・・・」
「時間がないんだ。警察に行かれたらおしまいだから」
陽はまるで別人のように冷たい口調で言った。
「まて・・・待ってくれ! 俺も行く」
信じられない陽の決断に坂木の心臓はバクバクと激しく鼓動した。
だが、何と言っていいかわからない。
「ついて来ないで」
陽は強い口調できっぱりと言った。
「これは僕の問題だから」
「・・・・・・」
やめろとは言えなかった。
OEAの鉄則は絶対だ。
だけど・・・・。
陽は坂木の方はもう見ずに、小さな機器をポケットに滑り込ませた。
そして背をむけ、まるで散歩にでも行くようにスッと部屋を出ていってしまった。
坂木の心臓はまだ激しく脈打っていた。
手が小刻みに震えている。
このまま陽が帰って来るのを待っているのは耐えられなかった。
その情景を無意識に想像してしまうのが堪らなく怖かった。
・・・今度こそ本当にその手を汚してしまうことになるのではないか。
自分たちがやっていることは、単なる殺戮だったのか?
いや、そうじゃない!・・・
握りしめた掌がじっとりと汗ばむ。
テーブルの上をふと見ると、陽が支部から持たされた端末が置いてある。
イレギュラーの仕事なのでインターフェイスは必要ないが、この端末は携帯して行けという指示だったはずだ。
情報はすべて頭に入れていたようだが。
陽は忘れて行ってしまったのだろうか。それとも反発してわざと置いて行ったのか。
よく見るとその下にメモのような紙片が挟まれている。
そっと抜き出し、開いてみた。
「・・・・・・・・」
思わず声を上げそうになったが、すんでの所でなんとかそれを抑えた。
陽・・・・。
坂木はその紙片をそっとテーブルに置くと、気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸い込んで、ゆっくりとはき出した。
そうしていないと嗚咽を漏らしそうだった。
「俺は・・・バカだ」
このまま静かに陽を待とう。
坂木はゆっくりと何も考えないように目を閉じた。




