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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第9章 天使の称号(3)

坂木は重く閉ざされた鉄製のドアの前でイライラしながらタバコを燻らせていた。

坂木の横で書類を書いている事務員風の男が、監視するように坂木を時折チラリと見る。

筋肉質なところを見ると、たぶん支部長黒崎のボディガードも兼ねているのだろう。

経費削減をしたいならこの支部を叩けばいいと、坂木はすぐにでも辰巳に進言したいところだった。


「俺はあいつの上司だしパートナーなんだぞ。なんで中に入れてくれないんだ」

かろうじて怒りを堪えた声でその男に言ってみたが、男は無視するようにまた書類に目を伏せた。


坂木はふーーっと白い煙を吐き出しながら第三支部の建物を見渡した。

黒ずんだコンクリートのむき出しの壁、ドアも窓枠も鉄製で錆が浮いている。

まるで昔写真で見たナチスドイツの収容所のようだった。


中で陽がどんな話をされているのか坂木には分かっていた。

ここへ来る道すがら、ようやく陽は重い口を開きポツポツと語ってくれた。

何となく感じていた胸騒ぎは的中した。

OEAが一番恐れている失敗を陽はやらかしてしまったのだ。


陽に突きつけられるであろう要求を、坂木には食い止めることができない。

陽の苦しみを思うと自分の無力さにたまらなく腹が立った。

何か道はないのだろうか。

坂木は痛む胃を押さえながら、堅いソファの中で力なく肩を落とした。


         ◇


「隠し通せるとでも思ったか? うちのシステムは伊達じゃないんでね。何のためにインターフェースを付けさせていると思う。脳波、心拍数、外部音声データの解析。お前のやらかした失敗くらいすぐにわかる」


黒崎は革張りの椅子に深々と座り、机越しに立ったままの陽を忌々しそうに睨んだ。

本部では見たことのないSPのような黒服の男が一人、常に腰の辺りに手を当ててロボットのように壁際に座っている。その様子はこの支部が本部に統括されず、独自の体制をとっていることを物語っていた。

でっぷりと質量のある体を椅子の背に預けながら、腫れぼったい目を陽に向けたまま黒崎は言った。

「お前は3つのタブーを犯した。一つ、仕事を第三者に目撃された。二つ、報告の義務を怠った。 三つ、その目撃者をその場で始末しなかった。

重罪だ。お前がこれからすべき事は分かってるな。言ってみろ」


黒崎のデスクから少し離れた正面に立ち、陽は挑むように黒崎をただ黙って見つめた。


「それが答えか? 使い魔ごときになめられたもんだな。本部はどういう教育をしてんだか。悪いがお前のデータはすべて把握済みだ。生い立ちから全てな」

黒崎は短い首をさらに縮めて値踏みするような目で陽を眺めた。

「目撃者についてはこの半日で下の者がおおまかな調べをつけた。その女は半ばターゲットに体を売って飼われて生活しているような堕落した人間だ。消されたからと言ってお前の正義感とやらが揺らぐような事もあるまい?」

黒崎はチラリと陽を見て意味ありげな笑いを浮かべた。

「どちらにしても見られたら消すのは鉄則だ。そしてそれをやるのは他の奴じゃない。お前だ。お前に忠誠心がどれほどあるのか試してやるよ」


それでも陽は堅く口を閉ざしたまま、じっと黒崎に挑戦的な視線を向けていた。


「分かってないようだな、組織ってもんを。俺は上の者に反発する奴を特に許しておけないタチでね。

制裁がお前に行くとは限らないぞ。そうだな・・・例えば管理不行き届きとしてパートナーに下ることだってありうる」

陽は息を呑むように一瞬体をこわばらせた。

黒崎はその様子を見て面白そうにニヤリと笑う。

「期限は明日の朝までだ。その女の生活圏はほぼ分かってるんだ。楽な仕事だろう?」


少し青ざめて目をそらした陽を見ながら黒崎は喉の奥でもう一度低く笑った。

自分に服従しないものの苦渋が何よりの快楽と言わんばかりの笑いだ。

黒服の男が小型化された端末を陽に押しつけるように持たせると、ドアを開けて陽を促した。

けれど陽は外に出るのを拒むように体をこわばらせた。

素直に応じない陽にしびれを切らせたように男はその腕を強く掴むと、ぐいとその体を外に押し出す。

ロボットのように表情を変えなかった黒服の男はその瞬間だけ鼻でフンと笑い、鉄のドアを陽のすぐ後ろで音を立てて閉めた。一瞬だけ垣間見えたロボットの感情も、陽を救うものではなかった。


ここでは人間の価値が歴然と等級化されている。

末端の者にそれを思い知らせようとする色が第三支部は特に濃く現れていた。


「陽・・・・行こう」

部屋から出てきた陽に坂木はできるだけ優しく声をかけた。

だがその思い詰めた表情を見てしまうと坂木はそれ以上はもう何も言えない。

陽は坂木を見て小さく頷いたあと、安心させるようにほんの少し笑って見せた。


“大丈夫だろ。あいつはそんなに弱い奴じゃない”

坂木の脳裏に辰巳の言葉が蘇ってきた。


・・・弱くなんかないさ。だから心配なんだ。・・・


坂木は陽に寄り添うようにして、その冷たい牢獄のような建物を後にした。




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