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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第1章 背徳の夢(3)

どれくらいそうしていただろう。

あたりが一瞬シーンとした。


不意に少し高い位置から「クックックッ」っという、いかにも堪えきれないというような笑い声がする。

恐る恐る目を開けるとそこには昨日の笑顔があった。

「?・・・」

カサカサ・・・・私の頭に乾いた音が触れてくる。

舞い落ちてくるのは黄色く色づいた街路樹の葉だった。


「ごめん。・・・・・本当にごめん」

両手でお腹を抱くようにして背を丸め、彼は可笑しそうに笑っている。

「だってさあ、君が声をかけてきた時、なんて言うかわかったんだもん。

昨日君、あのカードに書いてあった名前見てたでしょ?」

ぽかんとしている私を見てさらにおかしそうに笑う。


「あれは僕の知り合いの名前だよ。会う約束の日時をメモしてただけなんだ。すぐ忘れちゃうんでね。今朝ニュース見てびっくりしたよ。同姓同名の人が殺されてたから。

写真出てたからすぐに別人だってわかったけど。被害者なのに悪そうな顔だなあって思いながら見てた」

そこまでおかしそうに笑ってたが、急に何かに気付いたように申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、課長さんなんだね。君の上司が亡くなったっていうのに・・・不謹慎だったね」

まとまらない思考の中で彼の顔をじっと見た。

くるくるとよく動く特徴のある目に涙が浮かんでる。

この人、涙出るくらい笑ってたんだ。あの憎らしい課長の死を材料にして。

「・・・ううん、いいのよ」


ぜんぜん 問題ない。


思考はまだ戻ってきていない。

でもなんだろう、この、こみ上げてくる可笑しさは。

まだ涙を浮かべてじっと私を見ているその顔と、

自分の言った「いいのよ」という背徳感に満ちた言葉がやけに可笑しくて私は笑ってしまった。


「そうか、そうよね。バカみたいね」


笑いが止まらなかった。

それにつられて彼もまたクスクスと笑った。

「僕さあ、昔芝居やっててね。ちょっとイタズラしたかったんだ。それだけ。

本当にごめんね。手、痛くなかった?」

少し心配そうに身を屈めた彼の胸元に、キラリと光るネックレスが見えた。とても綺麗だった。

シルバーの十字架が空の色を映して鈍く輝いている。


「だいじょうぶです・・・・・あの・・」

「ごめんね、まだ用事が残ってるんだ。行かなきゃ」

彼は腕時計をチラリと見た。彼の周りで進むのをサボっていた時間がやっと流れ出したように感じた。

私は初めて落ち着いて彼のことを見上げてみる。

こんなに背が高かったんだ。それに笑うと本当に少年のようだ。

じっと目を見つめたからだろうか、彼はとまどうように一瞬目を伏せた。

「また会えたらいいね」

かわいい、と言ってもいいほど邪気のない笑顔で手を振る。

私もつられて手を振りかえした。

もう少し話がしたかったのに・・・・。

くるりと背を向け、足早に歩いていく後ろ姿を見送りながら、私はなぜかすっきりした気持ちになっていた。

あんな目に遭わされたって言うのに。それにしても・・・バカだなあ、私。

空の青がとてもきれいだった。

帰って喪服の用意でもしなきゃ・・・・・・・え?



その瞬間、体を何かが突き抜けたような感覚に襲われた。



「違う!!」



私はとっさに彼が去っていった方向を振り返った。

もうどこにも姿はない。


“ちがう、そうじゃない。 あの人はさっき 私に 先ず こう言った!”


『喪服、急いで用意しなきゃ、ね』


変死した沢田が私の知り合いであるなんて、あの人が知るわけない。

麻痺していた思考がようやく回り始めた。

課長という言葉を出したのはその後だ。

急速に巡る思考の合間に白と黒の羽根が絡み合う。

彼を初めて見た日からさっき手を振ったところまでの記憶が

一瞬にして脳裏をかけめぐり、バラバラだったパズルが像を結びかけ、また砕けていく。


立ちつくす私の目の前で片膝立ててかしずく少年像がキラリと光る。

毎日見ているのに懐かしい感じのするそのブロンズ像にふらりと近寄ってみた。

「ああ、・・・これ」

台座に小さく作品名が彫ってあった。


『審判を待つ悪魔』


「あなた、悪魔だったんだ」

よく見ると翼の形が少し違う。

うつむいて神妙にしている少年と、さっきの彼の顔がダブって見えた。

そして不思議とまた可笑しさがこみ上げてきた。


背徳感に満ちた、不健全な笑いなのがわかる。

でもそんなことどうだっていい。


「今度会えたら 何をあげたらいい?」

私は思いきり手を伸ばして その冷たい頬をそっと撫でた。



      ◇



薄暗い間接照明の部屋の隅の革張りのソファー。

向かい合う形で座る二人の男。

細っそりとした20代半ばの青年と、頬からアゴにかけて濃い髭を生やしている40くらいの男。

髭の男は青年とは対照的に、がっしりと肩幅が広い。


テーブルに置かれた琥珀色のグラスをじっと見つめたまま押し黙っている青年に、

何本めかのタバコを灰皿に押しつけながら、髭の男が話しかけた。

「凡ミスだな」

「ひどいな。誰のせいだよ」


青年は少しムッとしたような表情でちらりと正面に座る髭面の男を見た。

髭の男は立ち上がり、備え付けのオーディオのラジオを付ける。

やわらかなジャズが流れ出すと、髭の男は青年を振り返った。


「ま、俺も悪かった。ちょっとだけな」

そう言ってクスリと笑って見せた。



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