第7章 HOME(4)
「じゃあ、坂木。お前は新しい相手が決まるまでこっちで待機してろ。今までのホテルでもいいし、この支部の部屋を使ってくれてもいい」
応接セットと書類棚の他は何の装飾品もない殺風景な部屋で、辰巳は2~3の書類に目を通しながら坂木に話しかけた。
「こんなコンクリートの箱みたいな所には1分だって居たくないね」
「まあ、お前ならそう言うだろうと思った。好きにしろ」
辰巳は笑いながら窓際に座って外を見つめている陽をチラリと見た。
今日辰巳は陽をつれて本部に帰る予定だった。
「もう行くけど、いいのか? 坂木。少しもあいつとしゃべってないけど」
「・・・いいよ。俺の事が誰だか分からないんだし。何言っていいのか分かんねえ」
「そうか。それじゃあまた連絡するから。陽、行くぞ」
辰巳はそう声を掛けて立ち上がる。少し慌てるように坂木も立ち上がった。
「あいつはどうするんだ? これから」
「さあね。それは本部の連中が決めるさ。もうお前に教える義務は無いと思うが」
「・・・そうか」
辰巳はそばまでやってきた陽をドアの方へ促す。
あの日から一言も言葉を交わすことのなかった坂木の横を陽はゆっくり通り過ぎていく。
その瞬間。陽と坂木の視線がほんの少し交差した。
その、少し虚ろな目を見た坂木の中に、何とも言えない感覚が走る。
陽は何もなかったかのように視線を外してドアに向かった。
そこを出ればもう、会うこともない。
特に動きを緩めるでもなく陽はドアノブに手をかけた。
「陽」
坂木の声に、ノブにかけていた陽の右手が微かに反応した。
ほんの一瞬。
坂木は見逃さなかった。
けれどそのまま振り向かずに陽はドアを引く。
坂木は一つ息を吸うと、小さく、感情を押し殺した声で言った。
「どうしてウソをつく」
陽が動きを止めた。
辰巳も目だけで坂木をチラリと見る。
「どうして記憶がもどらない振りをするんだって聞いてんだよ!」
だんだんその声は苛立ちを込めたものに変わってきていた。
「もうお前は陽なんだろ?そうなんだよな。それだったら俺はお前に言いたいことが山ほどあるんだ」
「坂木」
「うるさい! お前は口を出すな」
坂木は辰巳をひと睨みした後、こちらに背を向けたままの陽に更に言葉を突きつけた。
「俺から離れたいならそれを全部聞いてから行けよ!お前がどういうつもりなのか知らないがな。
俺はウソをつかれるのが大っ嫌いなんだよ!」
坂木は陽の肩をぐっと引いて体をこちらに向かせた。
力が入りすぎて陽の体はドアに押しつけられ、開きかけていたドアは鈍い音を立てて閉まった。
陽はまっすぐ坂木を見つめる。
「・・・・」
坂木の体がビクンと揺れた。
陽に面と向かって言いたいことは山ほどあった。
怒りなのか悲しみなのか分からない感情が爆発しそうに鬱積している。
けれど坂木はその目を見て思わず言葉を飲み込んだ。
「おい、坂木、いいかげんにしろよ。ガキみたいに。・・・陽、お前ちょっと部屋に戻ってろ」
辰巳に指示されるままに陽は坂木から視線を外すと無言で背を向け部屋を出ていった。
「まったくお前達はいったいどうしたいんだろうな。お前はさっさとパートナーを替えろというし、陽は記憶が戻ったことを隠しておいてくれと言うし」
辰巳はドアの方をじっと見つめて立っている坂木を横目で見ながら腕を組んだ。
「陽はお前の望むようにしてやってほしいと言ってきたよ。自分の身の振り方は全てOEAに任せるってさ。・・・お前の望むようにって、いったい何なんだ?」
じっとしばらくドアの方を無言で見つめていた坂木は、さっきまで捲し立てていた男とは別人のように当惑した表情で辰巳を振り返った。
「あの時の目だった」
「あ?」
「15年前と、同じ目だった」
「・・・」
よく飲み込めないといった表情の辰巳をじっと見ながら、坂木は途方に暮れたような声でつぶやいた。
「俺、・・・・あいつに何かしたのか?」




