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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第7章 HOME(2)

「運が良かったよ。下が植え込みと柔らかい土だったらしい」

薄暗いコンクリートの階段を登りながら、辰巳はずっと押し黙ったままの坂木に話しかけた。


「すまないな、坂木。ここの支部の連中は融通がきかなくてな。しかし、まさか四日目だって言うのにまだ陽と会わせてもらってなかったとは知らなかった。お前が怒るのも無理ないよ。でもまあ、ここの医療施設は本部よりしっかりしてるから安心しろ」

「俺が知りたいのはそんな情報じゃないよ」

坂木はやや事務的に説明してくる辰巳に、不機嫌そうに言葉をはき出した。

辰巳は真っ直ぐ前を見たまま、渋い表情のまま続けた。


「仕事は完璧だった。あの状況下で」

「そんな事はイイっつってんだろ!」

辰巳は苛立ちを隠そうともしない坂木をチラリと見たが、あえてあまり感情を込めずに続けた。

「けど追いつめられて逃走経路を遮断されたんだな、完全に。やはり把握できていないセキュリティが存在したらしい。あいつ、お前の方だけ音声を切ったんだって? たぶんその後飛び降りたんだ。4階の窓から」


辰巳の話を黙って聞きながら、坂木は表情を変えずにゆっくりと病室に続く階段を登っていった。

自分の中に怒りに似た感情が大きくなっていくのを何とか堪えようと必至だった。

その怒りが誰に向かっているか分かっていた。そのことが更に坂木を苦しめる。


「たいしたケガじゃないんだろ? もう連れて返るぞ」

病室の前まで来ると坂木は少し睨むように辰巳に言い放った。

「そんな調子じゃ陽はいきなり説教されそうだな」

「うるさいよ」

「陽に当たるなよ」

「うるさいって言ってるだろう! お前と話をしに来たんじゃない。あいつを連れてサッサと帰る!」

「連れて返るのは無理だ」

「何でだよ」

「記憶を失ってる」

坂木は息を呑んで辰巳を見た。


「頭を強く打っててな。今は喋るのも無理だと思うよ」

辰巳はそう言いながら、ゆっくりとドアを開けた。


南西に向いた窓から差し込む光でその部屋は白一色に包まれていた。

部屋の隅にぽつんと置かれた白いベッドには誰もいない。

まぶしさに目を細めながらぐるりと部屋を見渡した坂木は、窓の横で椅子に座って外を見ている青年を見つけた。

頭部と手首に巻かれた包帯が、目に突き刺さるように白い。

知らない人物に見えたが、紛れもなく陽だった。

けれど声が掛けられない。

まるで静止画のようなその光景に坂木は一瞬動けなくなった。


辰巳はそんな様子の坂木をチラリと見ながら陽の名を呼んだ。

自分が呼ばれていると気付くのに少し時間がかかったが、陽はゆっくり辰巳を振り返った。

横にいた坂木をほんの少し見たが、表情を変えずまた辰巳に視線を戻す。

あまりに突然突きつけられた事実に坂木は唖然とし、ただ黙ってそんな陽を見つめていた。


長い長い沈黙の時間。

部屋に似つかわしくない古い壁掛け時計の音だけが微かに響く。


坂木は陽を見ながら辰巳に聞いた。

「記憶は・・・戻るのか?」

「脳に大きな損傷は無いらしいからな。一過性のものらしい。だが、戻るという確証はないそうだ」

「・・・そうか」

そう言うと坂木は静かにドアに向かった。


「なんだ、もう帰るのか?」

意外そうな表情で辰巳が声を掛けた。

「もういい」

けれど坂木は振り向きもせずに、そのままドアを閉めて出ていってしまった。

今度は辰巳が唖然として、あっさりと閉じられたドアを見つめた。


辰巳はドスンとベッドに腰を下ろすと、ぼやくように陽に話しかける。

「あいつはどんどん気むずかしくなるなぁ、陽。怒ることでしか感情を表現できないのかねえ。

お前はあいつのどこがいいんだ? 俺はどうも理解不能だよ。扱いにくくて困る」

そう言ってベッドに倒れ込むように寝そべった。

「まあ、今のお前に聞いたって無駄だけどな」

表情を変えない青年を見上げ、辰巳はフンと笑った。


陽は少し戸惑うように辰巳を見た後、またゆっくり窓の外に視線を戻す。

薄いカーテン越しに気持ちのいい秋の空が広がっている。


何も感じない静寂の時間。


遙か遠くにドーナツ状の人工的なシルエットが小さくオブジェのように浮かび上がっている。

気の遠くなりそうな緩やかなスピードでシルエットは回り続ける。

意味を成さないその回転を見つめながら、陽は窓枠に頭を乗せて目を閉じた。


何の痛みも伴わない、穏やかであたたかな真っ白な時間。


辰巳はまるで子供のような格好で窓枠に持たれて眠ってしまった陽に気づき、少し笑いながらため息をついた。

「わからんと言えば、お前ほどわからん奴もいないな。4階から飛んで、死ぬ気だったか? OEAに迷惑がかからないように」


音声を切ったのは坂木への優しさだろう。それだけは分かった。

吹き込んでくる風が少し冷たく感じられ、辰巳はそっと、窓を閉めた。


「・・・・さて、これからどうするかな、陽」




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