第7章 HOME(1)
穏やかに晴れた秋の午後。
坂木達が降り立った駅はわりと大きな遊園地の入り口になっているらしく、
休日だったその日は親子連れや学生の姿が多く見られた。
楽しそうにはしゃぐ子供達に注意しながら、持ってきたカメラやビデオのチェックに余念がない親たち。甲高い声は秋の空にこだまするように響き渡った。
「なんだか賑やかな所だな。降りる駅間違ってないか? 俺たち」
なぜか不機嫌そうにつぶやく坂木を、陽は笑いながら振り返った。
「間違ってなんかないよ。ここで正解。ねえどうする? ちょっと距離あるけどホテルまで歩くでしょ?」
「タクシーだ」
「はい。じゃあ歩くからね」
軽く受け流して陽は坂木の荷物を持つと歩き出した。
坂木は少しムスッとした顔をしてその後に続く。
「・・・なら聞くなよ」
身軽になった坂木は体を起こしてあたりを見回した。
青い空には薄絹を裂いて浮かべたような頼りない雲。
遠くから微かにジェットコースターのゴーッという音と、人々の楽しそうな歓声が聞こえてくる。
光を反射しながら綺麗にカラーリングされたおもちゃのような観覧車が青空の中に浮かび上がっていた。
「ねえ、坂木さん」
「なんだ」
「遊園地、行こうか」
「んあ?」
坂木は予想外の言葉に、思わず陽をまじまじと見た。
陽は少し立ち止まって賑やかな声のする方を見ている。
「遊園地だあ? ヤロー二人でか??」
坂木は吹き出すように笑い出した。
坂木にとっては“遊園地に行く”などという発想は宇宙船で月へ行こうと言われるのと同じくらい現実味が無く、馬鹿馬鹿しい冗談に思えた。
陽は笑い転げている坂木を振り返って、何気なく言ってしまった言葉に少し恥ずかしそうに笑った。
「そうだよね。ごめん」
そして何もなかったように荷物を持ち直すと歩きはじめた。
坂木は笑うのをやめた。
一瞬、胸をグイと掴まれたような感覚が走る。
きっともう今言ったことなど忘れているだろう青年の後ろ姿を、坂木は慌てて追いかけた。
「なあ、おい」
陽は足を止めて坂木を振り返り、じっと待っている。
くるりとした愛嬌のある瞳を細めて「何でいつもそんなに歩くの遅いんだよ」と笑う。
「陽・・・」
言いかけたその時、聞き逃しそうなくらい小さく唸って坂木の携帯がメールの受信を知らせた。
「急ぐ?」
チェックする坂木をのぞき込みながら陽が聞く。
「ああ、急げってさ」
坂木は不機嫌そうに携帯を閉じた。
◇
その夜は新月だった。
夕刻部屋を訪れた支部の使いが二日後の予定だった仕事を今夜に繰り上げるように言ってきた。
綿密な下調べも無しに強行するのは危険だと坂木は反対したが、上の意見は絶対だ。
この支部のトップとは気が合わないと坂木はずっと陽にボヤイていた。
深夜二時。
部屋の照明を消すとゾッとするほどの闇が訪れる。
一人きりの部屋で坂木は慌ててダウンライトをつけた。
遠くに見えていた遊園地の観覧車も時間と共に照明を落とし、闇に吸い込まれて見えなくなった。
時計を確認した後、坂木は電子辞書程の大きさの端末に繋いだヘッドセットを耳に当てた。
陽の装着したインターフェイスによって坂木には音声、支部の方にはその他の正確な位置や脈拍等の身体的な細かい情報が届けられる。メンタル面の補助や細かい指示はパートナーである坂木の役目だった。
坂木は何の音もしないヘッドホンを耳に当てつつ、ただ時間の過ぎるのを待っていた。
陽はいつも開始から終わりまで声どころか物音一つたてない。
だから坂木の方も呼びかけることはあまりしなかった。
いつものようにただ静かに時の過ぎるのを待っていた。
けれど30分を過ぎた頃、突然静寂を破る警報の音。
“失敗したのか!?”
坂木の心臓が早鐘のように打ち始めた。
「大丈夫か?」
呼んでも反応はなく、依然耳をつんざく警報の音。
支部の方でもきっと動き出している。そう願いながら坂木はもう一度名前を呼んだ。
警報の音が少し遠のく。
逃げられたのだろうか。
坂木は陽の声を捕らえようと受信のレベルを上げた。
けれども通信は陽の方から突然切断されてしまった。
OEAで堅く禁じられた行為だというのに。
坂木は愕然とし、薄暗い部屋の中で何もできないまま立ちつくすしかなかった。




