第4章 この星の下で(3)
坂木が辰巳に服部を紹介されてから二日後の朝。
その同じ地下の一室で、坂木の端末が2週間ぶりの仕事の依頼を受信した。
驚いたことに“組み”の仕事だった。
ノックも無しに後方のドアが開き、新しいパートナーの服部が入ってきた。
「来ましたね。いきなり“組み”だなんて、上は何考えてんでしょうね」
服部はメガネの奥の腫れぼったい目をしかませて言った。だが特に不安がっている様子はない。
上層部は坂木と服部がパートナーになって間もないことを把握しているのだろうか。
坂木はずさんな管理体制と、この目の前の掴み所のない男に不信感を抱いた。
坂木が何も喋らないので服部はしばらく話題を探しているようだった。
「そういえば、あの製薬会社、再起不能みたいですね。ざまー見ろだ」
はじかれたように坂木は服部を振り返った。
「あれ? 坂木さん知らない? すべてのシステムがダウン。中枢コンピューターのデータは完全消去。バックアップも壊滅。奴らは大慌てだけど警察沙汰にも出来ないし、完全に沈黙ですよ」
坂木は言葉も出せず小男を見つめた。
「坂木さんの前のパートナー、いい腕してたんですね」
「知ってるのか? あの後の情報が入ってきてるのか? その後どうなったか知ってるのか? あんた!」
立ち上がり詰め寄ってきた坂木に少したじろいで服部は後ずさりした。
「知ってるって、それだけですよ」
「陽はどうした? 今どこにいるんだ? 何で何の連絡も入らないんだよ!」
「知りませんよ。別の部署の情報は末端の俺らには聞かせてもらえないんですから。・・・ただ・・」
「ただ、何だ」
「ただ、インターフェースからの生体反応は消えたって、ちらりと聞きました」
「・・・・・なんて言った?」
服部はもう一歩後ろへ体を引いた。
「だからそれ以上の事は知りませんよ。きっと何かで誤作動したんじゃないですか?辰巳さんも大丈夫だって言ってたじゃないですか。与えられた情報の中で僕らは生きていかなきゃいけないんですよ」
「知ったふうな口きくな!」
「それがルールでしょう? 頭を切り換えてくださいよ坂木さん。あなたの前のパートナーの方がよっぽど全てを受け入れてましたよ!」
服部は肩をいからせて坂木を睨みつけた。
坂木は仁王立ちになったまま、しばらくその小男を見ていたが、
やがて力が抜けたようにソファに座り込んだ。
長い長い沈黙だった。アナログの時計の微かな音がやけに大きく響く。
「・・・服部」
「はい」
「悪いけど次の仕事は俺一人でやる。・・・そうさせてくれないか」
「・・・わかりました。上にはうまいこと取り繕っておきます。ただ無茶はしないでくださいよ」
そう言って服部は静かにドアを閉めて出ていった。
賢い男だ。坂木は思った。
あの男は陽に会ったことも無いというのに。
『あなたの前のパートナーの方がよっぽど全てを受け入れてますよ』
“あいつは・・・そうだ。
いつだってそうだった。全てを受け入れ、自分の中で処理して
俺に何も背負わせてくれなかった。
いつも いつも いつも!
いつかこんなふうに消えてしまうんじゃないだろうかと
どこかで不安に駆られていた。ずっと。ここで再会してからずっとだ。
生きることに希薄なあの目にいつも不安を感じていた。
頭を切り換えるだと? どうすりゃいいんだよ!”
宙ぶらりんな気持ちのままだった。
陽、どこにいる?
誰も答えをくれはしない。
そして、真実を知るのが怖くてそれを上層部に問いただすことも出来ずにいる自分の弱さに、
坂木は改めて打ちのめされた。




