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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第4章 この星の下で(2)

2週間前。

市街地から少し離れたホテルの一室で、坂木と陽は束の間の自由な時間を過ごしていた。

本部からの仕事の指令があればすぐに動ける体勢だけ整えて。

梅雨の季節が終わり、初夏を思わせる日差しがレースのカーテンを突き抜ける。

坂木の好きな季節だ。

指示が来なければ昔の情緒を残したこの街を、陽と散歩にでも出かけようかとのんびり考えていた。


だが昼を少し回った頃、坂木の端末は指令のメールを受信した。

遮光カーテンを閉めながら、チッと軽く舌打ちをする。

単調な仕事であることを祈りながらメールを開いた。

けれど文字を読む坂木の顔が曇る。

「・・・・陽」


ソファに座り、自分の端末の画面をずっと見ていた陽が顔をあげた。

「何?」

「次の仕事は組むぞ」

「・・・」

ほんの少しだけ坂木を見つめて、陽はまた画面に目を落とした。

「うん、わかった」

そして何気ない返事を返してきた。坂木が一番辛いのはこんな時の陽の無機質な反応だった。


“二人で組む”というのは普通の仕事と意味合いが違ってくる。一人が補助的役割をしなければ危険が伴う仕事だ。

けれどリアルタイムで支部や本部との情報の橋渡しをする役割が居なくなる不便性、そして二人だと動きが取りにくいというリスクもある。

『もし自らが対処出来ない状況に陥った場合、先輩に当たるパートナーの脱出を最優先に。そしてOEAの存在を知らしめる物証はすべて消去すること』

それは自らの命もと言うことに他ならない。

いざという場合の冷酷なOEAの対処方も、陽はまるで動じずに受け入れる。

命への執着の無さを感じて、坂木は時たまゾッとした。


その日の仕事は、ある製薬会社から関連グループのデータを盗む仕事だった。

表向きは製薬会社だが、その実、軍事団体と共謀して生物兵器を開発しようとしているという情報が入った。

内部告発も警察の捜査も功を奏さなかった。オンラインからの侵入はセキュリティが強靱なため無理。あとは人の手に委ねられた。


「坂木さんは僕より前に行かないで。ここのシステムやカメラの位置は頭に入れてあるから」

まるで表情を変えずに淡々と指示をする青年に、「生意気なんだよ」といつものように坂木は言い返す。

けれどもひとたび作業に入った陽に、坂木は口を挟まなかった。

その動作ひとつひとつに少しも無駄がなく、しなやかに確実に仕事をこなしていく。

まるでその為に生まれてきたような様なヤツだと以前辰巳は憎々しげに笑ったが、坂木は何も言い返せなかった。


その日も最後のゲートに行くまでは難なく計画通り実行に移せた。

データは坂木の手の中にある。

けれど、ほんの少しだけ緊張の糸が緩みかけた瞬間、けたたましいベルの音が鳴り響き、ふだん無いはずの空間にシャッターが降りてきた。


「まずいな」

坂木はごくりと息をのんだ。

「防火用のシャッターだ。大丈夫、コントロールパネルの位置は分かってるから」

そう言うと陽は坂木の肩に手をかけ、じっと目を見つめてきた。

「警報を解除してシャッターを止めるから坂木さんは僕を待たずに外へ出て。大丈夫、僕もすぐに行くから」

「え? ちょっと待てよ!」

けれど陽は少し笑ってすぐにまた薄暗い廊下に消えてしまった。

「おい!」


返事はない。坂木はその場に立ちつくした。

数十秒くらいたっただろうか、警報の音が消えるとともに、閉まっていたシャッターの一カ所がスルスルと開いた。

警備員の駆けつける様子もない。

思ったよりも警備は甘いのかもしれない。

陽もきっと戻ってくる。


坂木はシャッターをすり抜けて植え込みと柵を越え、敷地内から裏通りへ出て様子を伺った。

が、ちょうどそれを確認したかのように開いていたシャッターが耳障りな音と共に閉まり始めた。

ハッとした坂木に追い打ちをかけるように、建物内部で大きな音がした。

金属の扉が閉まるようにも、何かがぶつかるようにも、爆発音にも聞こえた。

「陽!」


シャッターが閉まり、静寂が不気味な白い建物を包み込んだ。

けれどすぐにその静寂を破るように鋭い電子音が響き、呆然と立ち尽くしていた坂木はビクリと我に返った。

耳に仕込んであったインターフェイスのイヤホンが、本部からの電波を受信した音だ。


「坂木、外に出られたか?」

辰巳の声だ。少し緊張しているように聞こえた。

「陽が中にいるんだ。すぐに引き返す!」

語尾が震えた。

「バカ、いいから帰ってこい。お前の仕事はそこまでだ。あいつは大丈夫だから」

「どういう事だよ」

「帰ってきたら話す。いいか、余計なことはするな。データを持ってすぐに本部まで戻れ」

それだけ言うと無線は切れた。


あの時の感覚は鮮明に坂木の中に残っていた。自分の体を引き裂いてその場に残していくような。何とも言えない痛みを伴いながら坂木は本部へ戻り、辰巳に言及した。

けれど辰巳の説明は納得のいくものでは無かった。


「陽には第4支部がもう一つ仕事を依頼した。あの会社のシステムの完全消去だ。2重3重にロックが掛かってるだろうし、バックアップもあるはずだ。サルベージ出来ない状態にするまで少々手間取るかもしれないからデータは坂木、お前に託して先に逃がせと」

「何でそんな勝手なことを! 陽は? あいつはどうなったんだよ!」

今にも掴みかかりそうな勢いで坂木は辰巳ににじり寄った。

「大丈夫だって言ったろ? 熱くなるなよ坂木。ちゃんとルートは支部の方で確保してあるはずだから。そこから先はきっと支部の戦対局があいつを保護してるよ」


“無事なのか?・・・本当に?”


半信半疑で体を固くしたまま、坂木はソファに沈み込んだ。

ここで辰巳に詳細を問いただしても正確な回答は得られないことはよくわかっていた。OEAでは支部ごとに秘密裏に物事が処理される。辰巳がすべてを知っているとは限らないのだ。


坂木の不安を見透かしたように辰巳が冷やかに笑う。

「坂木・・・。そんなことじゃいつか大きなミスをするぞ」

その言葉に苛つき、坂木は座ったまま下から辰巳を睨みつけた。

「うるせーよ! だいたい何で勝手に陽に別の依頼してんだよ!なんで俺に言わない!? 勝手なことすんなよ!」


辰巳はあきれたように大げさに肩をすくめてみせた。

「言ったら陽を行かせたか?」

「・・・・・・」

「カン違いするなよ、坂木」

辰巳の声が低く響く。

「陽はお前の所有物じゃない。組織のものだ。お前のパートナーとしてあてがわれた一つのコマだ。それ以上でもそれ以下でもない。何年ここに居る。今更言わせる気か?」


長い沈黙。辰巳を睨みつけていた坂木は何も言い返すことが出来ず、再び背を丸めてうなだれた。


・・・そうだ。

ここはそう言う場所なのだ。

すべて熟知している。

その上で自分は陽をこの世界に引き込んだ。

守れると思ったから・・・・


「どっちにしろ、陽がすぐに戻る確証はない。新しいパートナーが必要だな、坂木」

冷たく言うと部屋に一人うなだれたままの坂木を残し、辰巳はドアを静かに閉めた。




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