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白昼夢  作者: 佐崎らいむ
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第3章 その手の中の天使(2)

もう少し自分が早く来ていれば。

坂木は自分の腕の中で動かなくなった細い体を温めるようにしばらく抱きしめた。


あのまま陽をその場に残してくれば、この国の制度がそれなりにケアし、

更正させてくれたのかもしれない。

けれど坂木は連れ去ってしまった。

すべての痕跡を消し去り、こちらの世界に引き込んでしまった。


最愛の母親を死に追いやった男を自分の手に掛けた。

この少年をどんな法にも裁いてほしくなかった。

世間の興味本位な視線にも晒したくなかった。

誰があの少年の心を理解できるというのだろう。

まだ熱い感情だけで動いてしまう青い部分を残していた坂木は、

他の選択肢の存在さえ思いつかなかった。


坂木に連れ去られた陽はOEAの施設で少年期を過ごし、

そして今から7年前、再び二人は再会した。「仕事」のパートナーとして。

8年間OEAの訓練施設で過ごした陽はもう、すっかりこちらの人間の顔をしていた。


「どうしたの? 坂木さん。今日はしゃべらないね」

不意に話しかけられて坂木はハッと現実に戻る。

「ん? あ、いや、・・・寒いからなぁ」

「マフラーあげただろ?」

「まだ寒いんだよ! 寒くて死にそうだ。さぁ、もうホテルに帰るぞ!」

「ったく・・・わがままだなぁ」

あきれたように少し笑って陽は坂木について歩き出す。

いつもそれとなく歩幅を合わせて付いてきてくれる青年の優しさが、坂木には辛かった。

普通の人間の生活をさせてやれないものか・・・。今更なのに思う。



「おにいちゃん、これ、あげる!」

不意に背後でかわいらしい、弾んだ声がした。

驚いて振り返った二人の前に、さっき風船を取ってやった女の子がいた。

火照った顔に満面の笑顔を浮かべ、まっすぐに陽を見上げている。

戸惑って一瞬チラリと坂木を見たが、

陽はゆっくりと女の子と同じ目線になるように片膝をついてしゃがんだ。


「なに?」

陽の声が優しくなる。

「これね、二つ取れたの。ママと一緒にゲームしてたらね。だから一つあげる」

そう言って女の子はニコニコしながら猫くらいの大きさのテディベアを、陽の胸の前に差し出す。

さっきの風船のお礼のつもりなのだろうと、坂木は微笑ましくなった。

女の子の後方で母親がすまなそうに軽く頭を下げた。


陽は少し戸惑うように女の子の笑顔を見ていたが、

やがてそっと両手でテディベアを受け取った。

「いいの?」

「うん、いいよ。二つはいらないもん」

そう言ってぬいぐるみを持つ陽の手に、可愛らしい小さな手を重ねてきた。

「落としちゃだめだよ、おにいちゃん」


ほんの一瞬、あたりの喧噪がシンとした。

坂木がそう感じただけなのかもしれない。

時間なのだろう、街路樹のイルミネーションがポッと点灯した。

「うん。 だいじにするよ」

陽は優しく女の子に微笑んだ。

満足そうに母親の元へ走っていく女の子を見送った後、陽はそのままの姿勢でじっと手を見つめた。

純真な女の子の手の温もりに、少し戸惑うかのように。


「・・・その手が汚れていると思うんだったら俺のせいだ。すまないと思ってる」


7年間言えなかった言葉を坂木はようやく口にした。

そしてそれは言ったからといってどうにもならない言葉だった。

許されるレベルのものではないことも坂木には分かっていた。

イルミネーションの光のせいで、夜の闇が深くなった。


陽はしばらく何も答えずじっとしていたが、ふいに真っ暗な空を見上げながら立ち上がった。

「雪だ」

坂木も上を見上げた。

この時期独特のぼたん雪だった。

大きな羽毛のような白いかたまりがひらひらと空から舞い落ちてくる。

それはとても幻想的な光景だった。

そっとすくうようにかざした陽の手のひらの中で、白い羽根がフッと消えていく。


「どうりで寒いはずだね。 帰ろうか、坂木さん」

いつもと変わらない、青年の優しい声だった。

「・・・・あぁ、そうだな」

来た道を、二人は並んで歩き出した。


「今夜、もうここを出るんでしょ?」

「あぁ、そうだな」

「雪、積もりそうだね」

「あぁ、そうだな」

「ぼくねぇ、坂木さん」

「あぁ」

「後悔したことないから」

「あぁ、・・・・・・・あ?」

坂木は足を止めて陽の方を見た。

少し遅れて立ち止まった陽は振り向いて柔らかく笑った。


「ずっとこの旅を続けようと思ってる」

「・・・・・・そうか・・・・・」

「ふたりで」

「・・・・・・おお・・」

込み上げてくるもので坂木の声が詰まる。

「ずっとだから」

「・・・・・・おう・・」

「あ、でも 二人じゃないね」

「・・・んぁ?」


陽は女の子にもらったテディベアを顔の横にかざしてイタズラっぽく笑った。

坂木も思わず大声で笑った。

「厄介なもん貰ったなぁ、おまえ! どうすんだよ、それ」

「そんなこと言うなって」

子供のようにぬいぐるみを抱えて笑う陽を

坂木は少し涙目になりながら包み込むような笑顔で見つめていた。


時があの日に戻り、神が再び決断を迫ったとしても、自分は同じ事をするのかもしれない。

矛盾した葛藤、罪悪感、罪。

それら全てを抱いて生きていこう。こいつと共に。


坂木は息が止まるくらい冷たい空気を胸に吸い込むと、ゆっくりと空を仰いだ。

空からは天使の羽根のような雪が音もなく地上に舞い落ちる。

この世の中の汚れたモノをすべて覆い隠そうとするように。

いつまでも、いつまでも。




(第3章・END) ・・・第4章へ続く



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