夢見がちなお姫様
※この作品はショッキングな描写を含みます。
「神様、私はダメなことをしたと分かっています」
一国の王の一人娘として生まれた少女・エルシィ。
彼女は誰もいない寝室の中、何かを堪えるように毛布を抱き締めていた。
そして、独り言のように懺悔の言葉を紡いでいく。
「だけど……忌み子として蔑まれてきた私の人生なら――」
エルシィは消え入りそうな声で、そっと呟く。
「この夢のような現実を……許してくれますよね」
涙を堪えながら、毛布を抱き締めているエルシィの姿は――
とても華奢で、今にも消えてしまいそうだ。
「……明日もまた、彼に会えるといいな」
そう言ったエルシィは、夢見心地なままに深い眠りへと落ちていった。
***
エルシィは王様に、国民に、そしてみんなに望まれて生まれた娘。
――きっとこれから、みんなに愛されて育っていくと誰もが思っていたんです。
けれど現実とは残酷なもので、何の因果なのかは分からないのですが――
エルシィの体には生まれつき、酷い痣があったんです。
それからのエルシィの扱いは酷いもので――
一人静かに、誰にも見られないような生活をさせられて、女の子なのに、恋もできなくて……。
――そんな生活を送っていたせいでしょうね。
いつしか彼女は夢を見たんです。
――『恋をしたい』と。
***
翌日の夜になっても、エルシィは昨晩の夢見心地のままに――
ぽつんと一人、城の庭園へと来ていた。
魔法がキラキラと輝かせる草花に、水が美しい弧を描く噴水。
それら一つ一つは、いつも思わず目で追ってしまうほどに美しいというのに――
今日のエルシィの瞳には、ぼんやりと滲んで見えた。
「いつ来るのかな……」
浮ついた足取りで彼を待つエルシィ――
だが、どれだけ待っても彼が来ることはなかった。
「……どうして?」
月の傾きが時間の流れを告げる中、エルシィは言葉の端に困惑の色を滲ませた。
「なんで……来ないの……?」
エルシィのあれだけ浮ついていた足取りが、もうすっかり落ち着いていた。
「やっぱり神様は……私たちの恋を許してくださらなかったの?」
エルシィは天を仰ぐ。
そして、頬に涙を伝わせながら、そっと呟く。
「夢を見させてほしかったです……」
柔らかな、だけどどこか切ない声だけをこの場に残し――
彼女は帰路につこうとした、その時だった――
エルシィの視界の端に、きらびやかな袖が映った。
「……セドリックなの?」
エルシィの脳裏に浮かんだのは、きらびやかな服装を身にまとった――
まるで童話の世界から飛び出してきたような装いの王子様・セドリック。
このセドリックこそが、エルシィが言う『彼』なのだ。
「セドリック!」
エルシィは必死に呼びかける。
けれど、セドリックから返事は返ってこない。
それどころか、エルシィの声が空虚に響くだけで、まるでこの世界には自分一人しかいない――
などと思ってしまうほど、この庭園の静けさは異常だった。
「……セドリック?」
エルシィは自信がなさそうに呼びかけ、歩み寄る。
重い足取りになりながら、一歩一歩確実に進んでいく。
だが、なぜだろう――
セドリックらしきものに近付くたび、エルシィの足はさらに重くなっていった。
「…………」
緑の生垣の後ろに、セドリックはいる。
それなのに、エルシィはその後ろを見ることができなかった。
だが、やがて見る勇気が出たのであろう――
固唾を呑んだエルシィは、それを見た――
「……え」
蒼白い月光に照らし出されていたのは——
「なんで……?」
美しい庭木から垂れ下がった一本の縄。
その先で、だらりと腕を力なく垂らし、風に揺れているセドリックだった。
ピクリとも動かない、まるで操り人形のような姿。
「嫌ぁ……」
エルシィは唖然とした声を出すと、その場に項垂れる。
「嘘でしょう?なんでなの?どうして――」
余程目の前の現実を受け入れたくなかったのだろう――
誰にも聞こえないほど小さな声で、何かを繰り返し呟いている。
――やがて、何も考えられないといったように、エルシィはただ唖然としながら、周囲を見渡す。
すると、光すら失った虚ろな瞳とは対照的に、地面にはキラリと輝くものがあった。
「ナイフ……」
エルシィは、何かに誘われるように、それを持つ。
「……もう――」
エルシィは自身の喉へとナイフを突き立てる。
「――いいかな」
その言葉を合図に、ナイフを持ったその手を強く握り、そして――
生々しい音が響き、美しい庭園に血液が広がっていった。
***
こうして、一国の王の一人娘のエルシィは生を終えた――はずだったんですけどね。
エルシィが次に目覚めたのは、天国でも地獄でもなく、前日の夜でした。
――夢見心地のまま眠ったあの夜です。
彼女はどうするのでしょうかね。
再び死ぬのか、何か解決策を見出すのか――
エルシィはいろいろなことに悩むでしょう。
けれど、夢を見ることを諦めない限りはどうしようもないとは思いますけどね。
さあ、見せてください。
あなたの末路を――
***
「はぁ……はぁ……私……生きてる……?」
額に冷や汗を滲ませながら、エルシィは確認するように自身の胸へと手を当てる。
「生きて……る……」
エルシィの柔らかな手に、ドクドクと心臓の鼓動が伝わってきて、それが安心感を生む。
乱れた呼吸が整っていき、心臓の音が静かになっていく。
「セドリックは……なんで……?」
芽生えた安心感が、その言葉と共に消え去った。
「今は……いつなの?」
エルシィは自身の寝ていたベッドの傍らにある置時計を見た。
「……前日の夜?」
その置時計が示していた時間は――
紛れもない、前日のあの夜の時刻だった。
「どうして……?なんで前日なの……?いや、そもそもセドリックは――」
様々な疑問が脳裏に浮かんでは消えていく。
「――いや……」
何度も悩んだ末に、エルシィは一つの答えに辿り着く。
「……全部、夢だったのかな」
きっとそうなんだろうと、エルシィは半ば現実逃避のように考えた。
「……きっと、そうだよ。寝て、明日また彼に会ったら……きっと笑顔で応えてくれる」
エルシィは自分に言い聞かせるように、芯のある声で言い放つ。
「――寝て、忘れちゃおう。あんな悪夢、現実なわけないんだから」
その声は、先ほどまでは芯があったはずなのに――
今回のエルシィの言葉は、何かに怯えるように震えていた。
***
「夢なんかじゃなかった――」
翌日の夜、エルシィは一人ただ呆然と立っていた。
――セドリックの首吊り死体の前で。
「嫌……嫌だ嫌だ……」
エルシィは今まで出したことのないほどに、声を張る。
「なんでセドリックは死んじゃったの?なんで私は生き返って――」
そう言いかけた時、エルシィの脳裏に浮かんだのは、彼女が神様に懇願していた『理由』そのものだった。
「これが……呪いというやつなのですか?」
エルシィは手を組み、空を見上げる。
「『隣国の人と恋をしてはいけない』という掟を破った者に課せられる呪い……」
エルシィの頬を、一筋の雫が伝う。
「――忌み子として生まれて、先が見えない暗闇のような私の人生に、セドリックという光が差し込んだというのに……」
エルシィは悲しみに震える声で言い放った。
「神様は……私から、それすらも奪うのですか?」
一筋の雫だった涙が、大粒の涙へと変わっていき、エルシィの瞳がぼんやりと世界を映していく。
ぼんやりとして、物の輪郭すらまともに見えないエルシィの目に、一つだけキラリと輝くものがあった。
「ナイフ……」
エルシィはまたも、それに誘われるように手に握る。
「――私がここで死んだら、あの日の夜に戻るということ……?」
キラリと鋭く輝くナイフを見て、エルシィは言う。
「セドリック……」
セドリックはなぜ死んだのか、という考えだけを携えて――
エルシィはまた、今回の生を終えた。
***
2回目……。
***
「はぁ……はぁ……やっぱりあの夜に戻ってる」
息を切らしながら、エルシィは確認するように呟いた。
目に見えるものに、手に触れる感触――
それら一つ一つが、まったくといっていいほどにあの夜と同じ。
「……どうしてセドリックは死んだの?」
エルシィは思わず声にする。
「首を吊ってた……ということは……」
今まで思いもしなかった事実に、エルシィの瞳が揺れた。
「……自殺したの?……なんで?なんでなの?」
エルシィは困惑に頭を抱える。
「辛いことがあったの?嫌なことがあったの?」
無数の可能性が脳裏によぎる。
けれど、それら一つ一つは答えのないものだった。
「……話さないと」
――何か行動をしないことには、何も始まらない。
「セドリックのところへ行かないと」
***
「――セドリック……?」
エルシィには自らの望みを叶えてくれる人などいない。
そのためエルシィは庭園から、隣国へと一人で向かおうとしていたその矢先――
庭園の真ん中にポツンとある噴水の麓に、彼はいた。
「ねぇ、セドリック」
「…………」
エルシィが呼びかけても反応はない。
「ねぇ」
「…………」
セドリックは硬く口を閉ざしたまま何も言わない。
それどころか、エルシィに顔を向けることもなかった。
「……聞いて!」
エルシィは声を張る。
けれど、彼は何も応えない。
「いい加減に――」
エルシィがさらに歩み寄ったその瞬間――
セドリックは顔をそむけたまま、冷たく言い放った。
「もう放っといてくれないか?」
「え……?」
あまりのショックに、エルシィは肩をすくめた。
「それは……どういう……」
「俺のことなんか忘れろ」
セドリックはただその一言だけを、この庭園に添えて――
夜の闇へと去っていく。
「待って!私たち、恋人でしょう?悩みがあるなら、相談してよ!」
エルシィはセドリックの大きな背中を追う。
その背中は、今までは頼もしかったというのに、今のエルシィにとってそれは哀愁を漂わせているようにしか見えなかった。
「お願いだから……!」
エルシィがセドリックの手に触れた、その時――
「きゃ――」
セドリックはエルシィを追い払うかのように、その手を払い除けた。
「……穢らわしい」
「……っ!?」
なぜこんなことをするのか。
セドリックはこんな人じゃない。
セドリックは優しくて、強くて、頼もしくて――
頭に浮かぶ、いつもセドリック。
それら一つ一つが、エルシィの頭に浮かんでは消えていく。
「どうしてなの……?」
気付けば誰もいなくなった庭園の中、エルシィは一人ポツリと呟いた――
***
「――分かんないよ……私、セドリックが何を思っていたかなんて」
翌日の夜、エルシィは一人庭園へと来ていた。
そして、目の前でぶら下がる首を吊っているセドリックに問いかける。
「嫌なことがあるなら教えてよ……」
エルシィは涙声になりながらも、その想いをぶつける。
「……恋人同士なんだからさ」
不意に、その言葉が溢れ出す。
「やりなおさなきゃ」
地面に転がっていたあのナイフを握り締める。
「絶対に私は、セドリックを救ってみせるから」
その言葉を最後に、エルシィはまた今回の生を終えた。
***
哀れですね。
***
エルシィはいつもベッドで目覚めた。
「3回目……」
変わらない空気に、エルシィは安堵のため息を漏らした。
「……絶対に救ってみせるから」
もはや悩む理由などない。
セドリックの居場所も分かっている。
それなら、絶対に救えるはず。
そのような哀……いえ、そのような素敵な想いだけを携えて、彼女はまたあの庭園へと向かった。
***
「セドリック!」
「…………」
あの時と何も変わらない反応。
けれど彼女は動じない。
「いやなことがあったのなら教えて!」
「…………」
今度はもう少し早く行動だ――
そう考えたエルシィはセドリックの手を掴む。
もう私の前からいなくならないで――
そう願うように、力強くその手を握る。
それなのに、握った感触は、暖かくて頼もしさを感じるいつもの彼のものではなかった。
「……震えてる?」
冷たく、触れていなければ気付かないほど微かに震えている。
「……やっぱり、何か嫌なことがあるの?怖いことがあるの?言ってくれないと分かんな――」
今度は確かに、その想いを伝えた。
けれど――
セドリックは乱暴に手を振りほどいた。
「エルシィは……本当に……」
セドリックの声は微かに震えていた。
そして、堪えていたものを吐き出すかのように言い放つ。
「……面倒くさいな」
セドリックはエルシィを見下ろす。
そのきらびやかな服装とは対照的に、瞳には闇が宿っていた。
「え……?」
「聞こえなかったのか?面倒くさいと言ったんだ」
エルシィの瞳が揺れる。
「……私たちは恋人。愛し合っていたはずでしょう?……それなのにどうして――」
泣きそうになるのを堪えながら言葉を紡ぐエルシィ。
だが、セドリックはそんなエルシィのことなど、心底どうでもいいといった様子だ。
「何を勘違いしている?俺は……君が――」
一瞬、セドリックは固唾を呑む。
「嫌いだ」
エルシィはその言葉に耐えきれなかったのだろう――
嗚咽を漏らし、ただひたすらに泣いていた。
「……でも――」
――ここで引いたらいけない。
ここで引いてしまったら、セドリックは自殺してしまう。
せめてその理由だけ分かればいい。
やり直して、やり直して……。
いつか必ずセドリックを救うんだ。
そのような想いを胸に、エルシィは力強く前へと踏み出した。
「……セドリックが私のことを嫌いだとしても、私は好きだよ。面倒くさいって思われても、私はいい。だから……さ……教えてよ」
直接的に聞くのは避けてきたけれど、セドリックが生きてくれるというならもう言うしかない。
エルシィはセドリックの暗い瞳を――
決意に満ちた瞳で見据える。
「自殺したい理由はなんなの?」
その言葉が、この庭園にただ響く。
だがその瞬間、セドリックの瞳が微かに揺らいだ。
「なんでそれを……いや、そうか。ここは……言わないと……いけないのか……」
言葉を詰まらせているセドリック。
だが決意が定まったのだろうか――
セドリックはエルシィを真っ直ぐ見つめた。
「……さっき言っただろう?君という存在が、俺にとっては重りでしかない。それが嫌で、死ぬんだ」
一体何を言っているのかが分からない。
だってセドリックはつい最近まで、普通に接してくれていたはずだったからだ。
「ど、どういう――」
「面倒くさい、本当に。少しでも俺のことを考えてくれるなら、目の前から消えてくれ」
「…………」
エルシィにとってその言葉は空虚にしか響かなかった。
エルシィに背を向けて、この場から立ち去っていくセドリック。
そんなセドリックの、いつもの面影がない背中を見つめながら、エルシィはそっと呟いた。
「私、諦めないからね」
***
翌日、エルシィはまたあの庭園へと向かったんですが……。
結果は変わらず、またセドリックは死んでしまいました。
はぁ……。
いい加減、夢を見なければいいのに。
あなたには、もう恋を、セドリックを諦めることしか残されていないというのに。
…………。
私と同じ、ですね。
***
もう何度目か分からないセドリックへの説得と、死に戻りの繰り返し。
何度も何度も繰り返してきたというのに、結果は変わらない。
「なんで……なんで……」
エルシィは声を荒げた。
「どうしてセドリックは死ぬの?どうして私は死んで生き返るの?」
初めて死んだ、あの時に本当に死んでいたのならどれだけ楽だっただろうか――
などと、あれだけセドリックを想っていたエルシィの心に亀裂が入る。
「……セドリックは私のこと、本当に嫌いなのかな」
エルシィは今までのことを思い出そうと目を瞑る。
瞼の裏、見えてくるのは、やはりと言っていいほどにいつもセドリックの姿ばかり。
「私のことを嫌いでも、嫌いじゃなかったとしても……もう、この輪廻から抜け出す方法はないの?」
説得の仕方を変えても駄目だった。
無理矢理セドリックを生かそうと、力ずくで止めたりしても駄目だった。
朝にセドリックに会おうとしても、兵士に止められて駄目だった。
どうにか自殺の瞬間に立ち会っても、駄目だった。
駄目だった駄目だった駄目だった――
「それなら、もう……」
無理なのかもしれない。
この輪廻から抜け出す方法なんてない。
けれど、一つだけ分かった気がする。
「輪廻からは抜け出せない運命なんだ」
確認のように呟くエルシィ。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「嫌だ……こんな現実なんて嫌だ……」
エルシィは涙声になりながら呟く。
「……私は夢を見ていたいの。辛い現実から目を背けていたいの。それなのに……束の間の夢を見ていたのに……」
エルシィの目から涙が溢れる。
視界がぼやけて、一つ一つのものがなんなのか分からない。
けれど、その中にギラリと光るものがあった。
「……ナイフ」
それはエルシィにとって見慣れてしまったもの。
「なんでここに?」
けれど、そんなことはエルシィにとってどうでもよかった。
「そっか……それなら……もう」
エルシィは不敵に輝くそれを握る。
「……この輪廻から抜け出せないんだったら」
そして、エルシィは部屋の扉へと歩き出した。
「殺しちゃえばいいんだ」
***
確かに自分で殺しちゃえば、自分のものですからね。
素敵だと思いますよ、エルシィ。
***
「セドリック……」
エルシィは柔らかな言葉で囁いた。
「セドリックが自殺する理由が、私のせいなのか、それとも何か別のことなのかなんて分かんない」
優しい声色なのに、淡々と話すエルシィの姿に、恐怖でもしたのだろう。
セドリックは、華奢で今にも消えてしまいそうなエルシィの姿を見る。
「なんで……それを……」
振り向いてくれたセドリックを見て、エルシィはただ微笑んだ。
「何度も何度も繰り返してさ。私、疲れちゃったの」
エルシィはセドリックの方へ、ゆっくりと歩み寄る。
「……でも、セドリックとの恋を諦めたくない。ずっとずっと好き」
「…………」
「セドリックのこと、私のものにしたいくらい好きだよ」
「…………」
「セドリックは私のこと好き?」
「それは……」
セドリックの声が震える。
「この期に及んで、こんなこと聞くなんて……」
そう言ったエルシィの笑顔は、どこか歪んでいた。
「私ってほんと、駄目なお姫様だよね」
エルシィは笑顔を崩さず、背後に握るナイフを強く握る。
「――だからさ……」
エルシィの笑顔が消える。
そして、背後に握っていたナイフをセドリックへと突き立てた。
「死んで」
エルシィがセドリックの腹へとナイフを突き刺す。
美しいこの庭園には似つかわしくない、赤黒い血がドロドロと流れていく。
「――なんで……こんなこと……」
セドリックからの問いに、エルシィは光のない目で答えようとする。
けれど、エルシィは何故かすぐには答えられなかった。
一瞬の沈黙の末、捻り出した想いをエルシィは口にする。
「……大丈夫だからね、私もあとで死ぬから。ずっと一緒だよ」
セドリックはエルシィの目をただ見つめながら、ぐったりと倒れ込む。
「……エルシィ」
消え入りそうな声で、セドリックは口を開いた。
「どうしたの?」
「…………」
エルシィはセドリックの口元へと耳を寄せた。
「ごめん……な……」
今までセドリックからは考えられない発言にエルシィは唖然とする。
「……え」
「…………」
「どういうこと?ねぇ!セドリック!」
エルシィが必死にセドリックへと呼びかける。
だが、返事は一つとして返ってこなかった。
「どういう……」
エルシィは庭園の中でポツンと一人、うつむいている。
勝手に殺して、勝手に困惑している。
そんな姿を見ていたら――
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
「……え?誰なの……」
エルシィは周りを見渡す。
けれど、周りには誰もいない。
「私、あなたのことをずっと見ていたんです」
「ずっと……?」
「そうです、隣国の王子様と恋をした時からです」
「隣国の……って、もしかして」
やっと気付いたようですね。
もう遅いですが……。
「そう……私はあなたに呪いをかけた存在です」
「なんで!」
エルシィが声を張って言い放つ。
「なんで呪ったの!私たち、何にも悪いこと……してないでしょう?」
「してるじゃないですか、『隣国の人間と恋をする』という罪を」
「そうじゃなくて……」
面倒くさいですね。
夢しか見ていられない子はこれだから……。
鉛のように重たい空気を感じながらも、私は言葉を紡いでいく。
「……私は、あなたと同じ、『隣国の人間と恋をした』お嬢様だったのですよ、エルシィ」
「……それならなんで!」
「……隣国のとても優しい王子様と恋をした私は、それはそれは幸せな日々を過ごしていました。たとえそれが、いけないことだったとしても……」
「…………」
「ですが、誰かによる密告か何か分からないのですが……私たちの恋は、バレてしまったんです」
エルシィは先ほどとは打って変わって、悲しげな表情をしながら、ただうつむいている。
「そしてそのまま私たちは処刑されてしまいました。とっても辛い出来事ですよね」
「なら……そんなあなたがどうして……」
「羨ましかったんです」
私は食い気味に言い放った。
「私の恋が実ることはなかったのに、何故あなたたちだけ幸せなんだって……」
「それは……」
「……だから私は呪いとなって、『隣国の人間と恋をした人間』を呪って、不幸にしているんです。死のループという不幸の連鎖を……です」
「…………」
もはやエルシィは何も言わなくなってしまった。
私の言葉に耳を傾けず、ただぼんやりとセドリックの死体を見つめている。
「……私がかけた呪いのことを言っておきましょうか」
「…………」
エルシィを一瞥した私は、淡々と続ける。
「私がかけた呪いは、死のループです」
「…………」
「2人に死のループをかけて、永遠に交わることがないようにさせているんです」
「ふた……り……?」
やっと耳を傾けてくれましたか。
「そうです、2人に呪いをかけました。あなたとセドリックに、です」
「それならどうしてセドリックは……」
エルシィの瞳からは涙が溢れ始めている。
薄々察しているのでしょうね。
「……セドリックは隣国のあなたと恋をした時から、一人この呪いのことを調べていたんですよ」
「え……」
「そしてちょうど昨日に、セドリックはある一つの事実に辿り着いたんです。それは――」
「…………」
「恋を諦めること……それがこの呪いの解除方法だったんです」
私の一言に、エルシィは目を見開いた。
「だからあなたに対してあのような酷いことをしたのです。それなのにあなたが……セドリックに優しくするから……セドリックは死に戻ってやり直す手段をとったんですよ」
エルシィは押し黙っている。
「はぁ……セドリックはわざわざ庭園まで来て、エルシィに恋を諦めさせようとしてくれたのに、あなたはそれを汲み取らなかったんですよ」
はぁ……ようやく――
「私……なんてことを……」
現実に向き合ってくれましたね。
本当に、あなたは盲目的で、夢しか見ない――
「夢見がちなお姫様ですね。本当に……」
エルシィは嗚咽を漏らし、ただ泣いている。
「さて、私はもう消えますよ。もう呪いはなくなりましたから」
私がこう言ってもなお、エルシィは泣き止まない。
「はぁ……」
私は思わずため息を漏らした。
「夢しか見ないあなたに好かれて、セドリックはとんだ災難でしたね」
私は、その言葉だけをこの庭園に残し――
『隣国の人間と恋をした人』に出会うその時まで――
「去るとしましょうか」
面白かったでしょうか。
私は普段SFジャンルの小説を書いているのですが、今回は少し羽を伸ばして……。
恋愛ジャンルを書いてみました。
初めてこの手のジャンルのものを書きましたし、なんなら、短編書くのも初めてで、小説を書き始めたのも最近です。
なので、至らないところもあったと思います。
ですが、それでも「面白かった」と思っていただけましたら、
「感想・レビュー・評価」などをお願いします!




