第5話 崩壊 ――青い霧と、静まり返った機内――
特別機は滑走路を走り抜け、静かに減速していく。
「JN8123へ。ナイス・ランディング。所定ポイントからタクシーウェイへ進入、スポット13番までタキシングしてください」
「JN8123、了解」
特別機は誘導路へ入り、所定位置で一旦停止した。
ここで操縦室の窓を開け、日章旗を掲揚する——
その段取りになっていた。
……はずだった。
──動かない特別機。
5分が過ぎた。
スポット13番で待機していた東京支店長・山之内は、動かない機体を見つめ、思わずつぶやいた。
「……何をもたもたしている」
秋の夕陽が東京湾に沈みかけ、逆光の中で白い機体はどこか黒ずんで見えた。
10分。
15分。
誘導員の寺崎が隣の同僚に小声で言う。
「……おかしいぞ」
旅客係の桜井真一は腕時計を見直した。停止してから、すでに15分近い。
山之内の表情に、苛立ちと不安が浮かぶ。
「国旗の取り付けだけだろ!桜井、管制塔に確認しろ!」
「はい!」
桜井は整備員待機室へ走った。
20メートルほど走り、受話器に手を伸ばした——
その瞬間。
彼は、それを見た。
逆光の中に立つ特別機の機体が、ほんの一瞬、ふわりと青い霧に包まれたように見えた。
「……え?」
目の錯覚か。
だが、背筋を冷たいものが走る。
受話器の向こうで、伊藤主任管制官の声がした。
「こちら管制塔。さっきから何度も呼びかけていますが……応答がありません」
「応答が……ない?」
嫌な予感が、確信へ変わる。
その時、管制室で双眼鏡を覗いていた矢島が叫んだ。
「主任!操縦室に……誰もいません!」
伊藤は双眼鏡を奪うように覗き込み、やがて呟いた。
「……機長も、副操縦士も……いない」
一拍置いて。
「事故だ」
その言葉は、受話器越しに桜井の胸へ突き刺さった。
──静まり返った機内。
タラップ車が急行し、整然としていた出迎えの列は一気に乱れた。
ドアが開く。
最初に乗り込んだ山之内は、立ち尽くした。
桜井たちが続いて機内へ飛び込む。
入り口すぐの乗務員席に、青柳先任チーフと山崎スチュワーデスが座っている。
眠っているように見える。
だが——顔に、生気がない。
「おい!しっかりしろ!」
叫び声が、客室に反響する。
前方客室。
山曽根厚生大臣。
竹村外務大臣。
横山防衛大臣。
佐野通産大臣。
陣内副官房長官。
誰も、目を開けない。
誰も、答えない。
乗員・乗客226名。
——誰一人、動かなかった。
外から、サイレンの音が迫る。
その頃には、機体のエンジン音も完全に止まっていた。
まるで、特別機そのものの命が途切れたかのように。
斜め後ろから差し込む秋の夕陽が、静まり返った客室を赤く染めていた。
誰も叫ばず、
誰も動かず、
誰も死因を知らないまま。
それが、この国を震撼させる
「大惨事の始まり」だった。
次回予告
“事故”は、どのように世界へ伝えられたのか。
そして捜査本部は、どこから「違和感」を掴んだのか。
物語は、ここから真の闇へ踏み込んでいく。




