第13話 小作人から村長へ
古舘村の小作人、津田弘毅(32歳)――――――
山仕事で片脚を傷め、徴兵検査は不合格。結婚もできず、村では、ほとんど目立たぬ存在だった。
村の寄り合いでも、彼の言葉が取り上げられることはない。
ただ畑を耕し、山に入り、静かに年を重ねていく——それが、津田の人生のはずだった。
目をつけた男
その津田に、天野少尉が目をつけた。
両村の村長は、軍からの動員要求に強く反発していた。理由は単純だ。これ以上、人を失えば村が立ち行かなくなる。
だが——津田は違った。
軍から渡された、まとまった額の「金」。津田は、それを懐に入れ、一軒、また一軒と村を回った。
頭を下げ、時には罵声を浴び、それでも、引き下がらなかった。
「今回だけだ」、「国のためだ」、「必ず 村にも返ってくる」言葉は拙かった。だが、粘りだけはあった。
動いたのは、恐怖ではなく生活
村人たちは、軍を恐れて動いたのではない。生活に押し切られただけだった。
結果——古舘村も、稲富村も、しぶしぶ総動員で工事に応じることになる。
崖道は、こうして完成へ向かった。
翌年の村長選挙
翌年。古舘村の村長選挙で選ばれたのは——津田弘毅―古舘村史上、 初めての「小作人出身の村長」だった。
古舘村は、平家の落人伝説が残る山里。村政を担ってきたのは、代々、平家上級武士の子孫
たちだった。
一方、小作人たちは——棚田を耕し、山で働き、名も残さず生きる人々。
その中から、津田は村長になった。
それは、村の伝統と価値観を、根底から揺るがす出来事だった。
津田の胸にあったもの
「お国の役にも 立てぬ落伍者」、「嫁も来ない」、「名も残らぬ人生」——そのすべてから、抜け出すための、
唯一の道。
津田にとって、村長という地位は、人生で一度きりの機会だった。
彼は、迷わなかった。
それが、何を引き換えにする選択なのか——まだ、知らなかったとしても。
次回 「守るために、差し出したもの」
村を守るための選択は、やがて——“守れない罪”へと姿を変えていく。




