第7話 訴えと転落 ――人体実験の入口――
翌日。
李成鎮は、取引相手の**金健衛**を訪ねた。
彼は、日本軍部にも顔が利く人物だった。
息子を失った経緯を、李成鎮は言葉を選びながら説明した。
金健衛は黙って聞き、最後に静かにこう言った。
「……分かった。必ず、上に話を通す」
その言葉は、救いに聞こえた。
だが——
それは“出口”ではなかった。
◆ 2日後の夜
李成鎮一家の家を、突然、数名の憲兵が取り囲んだ。
理由は——スパイ容疑。
抗議も、説明も、一切聞き入れられない。
殴られ、蹴られ、家族は引き離され、闇の中へ連行された。
向かった先は——
特設監獄。
その名だけが告げられた。
◆ 特設監獄
鉄扉の向こうで、彼らは初めて知る。
ここが731部隊の施設であること。
囚人は、常時80〜100名いること。
そして——
毎週10名が消え、誰も戻らないという事実。
年齢も、性別も、不思議なほど均等に揃えられていた。
偶然ではない。
最初から、選ばれている。
◆ “戻った者”の証言
ただ一度だけ、「戻ってきた」囚人がいた。
彼は、低い声で語った。
・通路に並ぶ、動物実験用の箱
・記号と番号が貼られた扉
・ガラス容器に保存された、人の臓器
・朝7時に呼び出された組は、二度と戻らないこと
話し終えると、その男は二度と口を開かなかった。
数日後。
彼もまた、消えた。
◆ 慣らされていく日常
恐怖は、やがて諦めに変わっていく。
配膳係から渡される、黄色い錠剤。
「ビタミン剤だ」と言われた。
昼食後は、中庭に集められ、日本式の体操。
空には、綿毛のような花が舞っていた。
季節だけが、穏やかに移ろっていく。
だが——
彼らの運命は、すでに巨大な渦の中にあった。
ここは、裁判も、罪状もない。
ただ、人が
“材料”へと変わる場所。
次回予告
「“実験”の始まり」
ここから先、戻れる者はいない。
人体実験は、静かに、
日常の延長として始まる。




