第2話 静かに進む異変
毒ガス兵器施設が稼働を始めてから、
およそ1年半が過ぎた頃だった。
島に、目に見える異変が起き始める。
かつて松茸が採れていた松林が、理由もなく枯れ始めた。
海では、水鳥の死骸がぽつり、ぽつりと浮かぶようになり、サザエもアワビも、まるで最初から存在しなかったかのように姿を消した。
異変は、一度に起きたわけではない。
少しずつ。
だが確実に。
島の「生命」だけが、奪われていった。
沖合で漁をする漁師たちは、船の上で声を潜めて囁き合った。
「……毒ガスが、漏れているんじゃないか」
「薬品の廃液を、海に流しているんじゃ……」
だが、その島はすでに立入禁止区域だった。
近づけば、軍に拘束される。
確かめる術は、なかった。
やがて漁師たちは、その島の近くで網を下ろすことすらやめてしまった。
恐怖は、抗議にも告発にもならない。
沈黙という形で、静かに広がっていった。
◆ 化学兵器研究は、止まらない
1932年(昭和7年)。
満洲の地に、731部隊が設置される。
1937年(昭和12年)。
日中戦争の拡大とともに、国際条約で禁じられていたはずの化学兵器の使用は、次第に常態化していった。
軍は、すでに次の段階を見据えていた。
「内地にも、もう一つ拠点が必要だ」
島の施設は、“試験場”として限界を迎えつつあった。
より広く。
より秘匿性が高く。
より多くの実験が行える場所。
こうして——
**“ある計画”**が、静かに動き出す。
のちに「101部隊」と呼ばれることになる施設。
それは、この島の“失敗”の上に築かれる、次なる闇だった。
▶ 次回予告
「選ばれた古舘村」
なぜ、その村だったのか。
なぜ、人の暮らす土地が次の舞台に選ばれたのか。
物語は、島から——
人のいる場所へ移っていく。




