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青い霧  作者: 田中元一


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20/29

第19話 “向井の線”消滅──再び振り出しへ ――唯一の容疑者が「シロ」になった日――

5日後。

JNL労務担当課長・渡会から、五十嵐宛てに1通のFAXが届いた。

そこには、バンクーバーで行われた追加調査の結果が、淡々と、隙間なく打ち込まれていた。

◆ バンクーバー再調査・最終報告

① 向井に不審な行動はあったか?

→ ありませんでした。

② ガス・ボンベ状の物を携帯していなかったか?

→ 向井が携帯していたのは

 「縦10cm × 横30cm × 高さ7cm」の

 通常使用している整備工具箱のみ。

 内部にボンベ状の物は、一切確認されていません。

③ 天井整備中、単独になる時間は?

→ 同行の青木整備士が工具を取りに離れた約10分間。

 ただし、その前後を含め、向井は終始、複数の整備員と行動していました。

④ 空気送風管に異物が装着されているのを見た者は?

→ 該当者は、誰一人いませんでした。

最後に、短い一文が添えられていた。

「また何かございましたら、渡会までご連絡ください」

それは、この件が——完全に終わったことを示す文言だった。

◆ 唯一の「内部犯行候補」が消えた瞬間

FAXを読み終えた斎藤警視正は、紙からゆっくりと視線を離した。

斎藤はFAXを一度だけ折り、机に置く。

そして短く言った。

「……これで、向井の線は完全に消えたな」

五十嵐は、黙ってうなずく。

・機体構造に精通

・実際に天井に上がっていた

・整備組合の執行委員

・会社への不満もあった

一度は“犯人像”として最も条件が揃った男。

だが——

事実と証言を積み上げた結果、向井は完全に「シロ」と判断せざるを得なかった。

◆ 捜査は、再び暗闇へ

唯一と言ってよかった「内部犯行」の手がかりが消えた。

・JNL社内の過激な整備員ではない

・天井に上がった向井の線も消滅

となれば——残る可能性は、ただ一つ。

「JNL部外者による犯行」

捜査本部は、やむなく方針の大転換を迫られることになる。

◆ 夕暮れの羽田沖

晩秋の空と海が、淡いオレンジ色に染まっていた。

空港の古びたビルの窓からその光景を眺めながら、五十嵐は胸の奥に小さな感覚を覚えていた。

怒りでも、焦りでもない。

敗北感。

積み上げてきた捜査が、再び振り出しに戻ったという——静かで、しかし確かな実感だった。


▶ 次回予告

内部犯行説は、完全に消えた。

では——誰が、なぜ、ここまで完璧な犯行を成し遂げたのか。

その答えは、捜査本部の“正規ルート”ではなく、一冊の古い資料の中に眠っていた。

そこに記されていた、存在しないはずの番号「101」

それは事件よりも、ずっと前に始まっていた。

国家が——「なかったことにした場所」で。


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