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青い霧  作者: 田中元一


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第2話 特別機、羽田へ(操縦室)

「本部長……山曽根厚生大臣の威光というのは、やはりすごいですね」

操縦桿を握る中山機長が、ちらりと後方のオブザーバー席に目を向けて言った。

「通常、“特別機”は首相専用ですし、同行するのも外務・防衛・通産といった上位閣僚。それに——首相フライトでさえ同乗されない本部長が、今回は直々に……ですから」

副操縦席の寺田も、笑いながらうなずく。

「ええ。本当に異例中の異例です。社内でも相当話題になっていますよ」

その会話を、杉山運航本部長はどこか誇らしげに聞いていた。

——山曽根とは戦友だ。

その一言を、杉山は喉元で飲み込む。

代わりに、“情報通”らしい口調で語り始めた。

「いいか。民自党には三人の領袖がいる。だが、山曽根さんはその中でも頭一つ抜けている」

操縦室の空気が、自然と引き締まった。

「衆参あわせて260名を超える大派閥の領袖だ。本来なら6年前に総理になれていた。だが、あえて田所に譲り、次も福島に譲った」

「徳川家康流の……深慮遠謀、ですか」

航空機関士の山脇が、感心したようにつぶやく。

杉山は満足そうにうなずいた。

「そうだ。計算と忍耐、そして大胆さを併せ持つ大物だよ。会社もそれをよく分かっている。だから社長自ら、俺に“今回の依頼”が来た」

「表向きは“高齢化社会に対応した老人医療・福祉視察”。ですが、外務・防衛・通産まで随行……やはり、裏がありますね」

杉山は目を細めた。

「外務は日米安保と航空協定。通産はカナダとの資源共同開発。防衛は……最近噂の“日米軍事共同開発”だ」

三人は無言でうなずき合った。

杉山の胸には、もう一つの思惑があった。

来春——常務から専務へ昇格。

それは、社長からすでに内示されている。

さらにワシントンでのレセプションの席で、山曽根本人からも耳打ちされた。

専務になれば……

次は副社長も、夢ではない。

胸の奥が、じわりと熱くなる。

そのとき、羽田管制塔から入電。

「北西の風15ノット。視程25キロ。快晴。ウインドシアなし」

「今日は、目隠しでもして降りられますね」

中山が冗談めかすと、

「おいおい。ランディングで、貨物室の俺のウイスキーだけは壊すなよ」

杉山が真顔で返し、操縦室はどっと笑いに包まれた。

完璧な天候。

完璧な準備。

完璧な帰国便。

誰も、この慢心こそが悲劇への入口だとは思っていなかった。


次回予告

到着まで、あと50分。

客室には、安堵と達成感が満ちていた。

この飛行機が、数十分後に“地獄”へ変わるなど——

誰が想像できただろうか。


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