第11話 ビニールカーテンの内側 ――最後部ストレッチャーと、奥野静江の涙
翌日の午前。
三人目の生存者、奥野静江への事情聴取が行われた。
調査団が名乗ると、奥野は静かに会釈し、落ち着いた口調で語り始めた。
「私は……エコノミークラス最後部の、50Dに座っていました」
証言は淡々としていたが、ときおり、わずかに声が震えた。
出発前夜。
西村総業の西村会長の“知人”である菅野という男性が、急に体調を崩したという。
本来ならバンクーバーで入院する案も出た。
だが本人が「どうしても日本に帰りたい」と強く希望した。
その結果——
機内最後部に、特別な寝台が設置された。
「最後部と、その前の列、合わせて六席分を潰して、ストレッチャーを置いていました」
「周囲は、ビニールのカーテンで囲われていました」
奥野は、なごみ老人ホームの専属看護婦だった。
西村会長は、そのことをよく知っていたという。
「私が付き添い看護をするようにと頼まれました。酸素吸入と点滴をお願いしたい、と」
ただし、フル酸素ではない。
通常の酸素吸入だった。
櫻老人ホームの宇野早苗も看護婦だったが、彼女は夫・宇野清二の付き添いに回った。
「それで……私が、菅野さんのほうを、という話になりました」
やがて、予定どおり飛行機は羽田に着陸した。
「お客さま方が……拍手をしておられました」
奥野は、そこで一度、目を伏せた。
「……しばらくして、急に息が苦しくなったんです」
「それから先は……よく覚えていません」
ただ、意識を失う直前、周囲からうめき声のような音が聞こえた気がしたという。
ビニールカーテンの内側から、外の様子はほとんど分からなかった。
「カーテンがあるので……外は、見えませんでした。音だけ……という感じで……」
そのまま意識を失い、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
「生き残ったのは……三人だけだと聞きました」
今朝、医師から告げられたという。
「……本当に、驚きました」
ここまで冷静だった奥野の声が、そこで初めて震えた。
「宇野さんの奥さん……早苗さんとは、長い付き合いで……とても親しくしていました」
「あの人が……もう、この世にいないなんて……」
言葉が途切れ、奥野は両手で顔を覆った。
「どうして……私だけが……生き残ってしまったのか……」
その先は、涙にかき消された。
高瀬院長が、そっと調査団に目配せする。
「今日は、このくらいで」
調査官たちは静かに立ち上がり、一礼して病室を後にした。
――だが。
ビニールカーテンの内側で、彼女は本当に何も見ていなかったのか。
この証言は、事件の核心へ向かう最後の扉の前に立っている。
▶ 次回予告
三人の証言が出そろったとき、捜査本部は一枚の図に違和感を見つける。
それは偶然では説明できない配置だった。




