第10話 3人の生存者・宇野清二の証言 ――「煙草の煙のようなものが……」
「妻は……看護婦でした」
その一言だけで、この聴取が事件の核心に近づいていることを、誰もが感じ取った。
次に聴取を受けたのは、宇野清二(74歳)だった。
ベッドの上で上半身を起こし、両手を胸の前で固く組んでいる。
「エコノミークラスの48Dです。妻は、隣の48Eに座っていました」
時間は、はっきり覚えていない。
酒を少し飲み、長旅の疲れもあって、急に胸が苦しくなった。
トイレへ向かう途中、通路でうずくまり、スチュワーデスに支えられて前方の空席に横にされた。
そのとき、妻が言った。
「この人は、片肺なんです。フル酸素をお願いします」
妻は、櫻老人ホームの看護婦だった。
どこかでチーフの声が聞こえた。
「着陸まで、そのまま吸わせておきなさい」
やがて、飛行機は着陸した。
「皆さんが……拍手をしていました」
安堵の空気。
旅の終わりを祝う、穏やかな音。
――その直後だった。
「急に……目が痛くなって……煙草の煙のようなものが、立ちこめた感じでした」
あちこちから、うめき声と悲鳴が上がる。
宇野は起き上がろうとしたが、目が痛くて開けていられない。
「しばらくして……急に、静かになりました」
かすむ視界の中で、そばにいたスチュワーデスが座席の下に倒れているのが見えた。
「それから……もう、覚えていません」
宇野は、言葉を絞り出すようにして、そう締めくくった。
なぜ、彼だけが“煙”を感じたのか。
なぜ、酸素マスクを外さずに済んだのか。
そして——
三人目の生存者、奥野静江は何を見ていたのか。
▶ 次回予告
三人目の証言。
その内容は、これまでの証言と——
決定的に食い違っていた。




