第9話 3人の生存者
防衛庁技官・山田の証言
――「午後5時10分」という、動かない時間――
「時間は、はっきり覚えています」
それが、この事件で最初に示された
「確かな時刻」だった。
——午後5時10分ごろ。
翌日、午後1時。
羽田空港近くの高瀬病院・個室フロア。
政府調査団のメンバーが、足音を忍ばせるように集まっていた。
生存者3名への、最初の事情聴取。
最初に呼ばれたのは、防衛庁技官・山田(52歳)だった。
調査官が椅子を並べると、山田は上半身を起こし、静かに話し始めた。
「私は、ファーストクラスの4Aに座っていました」
「トイレで時計を外して手を洗ったので、時間は間違いありません。午後5時10分ごろです」
通路を戻る途中、前の席——5B、西村会長の通路側に手荷物がはみ出していた。
それにつまずき、前のめりに倒れた。
「……そのまま、意識を失ったようです」
次に目を開けたのは、着陸の衝撃だった。
「酸素マスクを付けられていましてね。隣の席には誰もいなくて……酸素ボンベが固定されていました」
まだ頭がぼんやりしたまま、窓の外を見る。
そこには、『祝・親善訪問成功』の垂れ幕。
そして——その直後だった。
「急に……目がしみまして。同時に、息が苦しくなったんです」
慌てて、酸素マスクを付け直す。
「あちこちから、叫び声が聞こえました。でも……目が痛くて、開けられない」
そして、再び意識を失った。
最後に、調査官が尋ねる。
「何か、ガスのような“匂い”は?」
山田は、ゆっくりと首を振った。
「……すみません。そこまでは、分かりません」
事情聴取は、わずか10分ほどで終わった。
だが——
この証言だけで、すでに“異常”は浮かび上がっていた。
山田は、ガスの匂いを感じていない。
しかし——
もう一人の生存者は、違う証言をする。
「煙草の煙のようなものが……」
同じ機内。
同じ時間。
それでも、感じたものが違っていた。
▶ 次回予告
宇野清二の証言。
その一言が、捜査の流れを静かに変えていく。
そして——
「午後5時10分」の意味が、揺らぎ始める。




