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青い霧  作者: 田中元一


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第1話 到着前の特別機——到着まで、あと70分

到着まで、あと70分。

この時点で、

誰ひとりとして疑ってはいなかった。

この便が、日本中を震撼させる

大惨事の「当事者」となるなどとは——。

1990年10月6日。

日本時間・午後4時45分。

山曽根厚生大臣をはじめ、政府要人、財界関係者ら226名を乗せた日本国際航空(JNL)特別機1007便は、7日間にわたるアメリカ・カナダ親善訪問を終え、バンクーバー空港を定刻どおり離陸した。

高度1万メートル。

対地速度、時速980キロ。

巨大旅客機ボーイング747(機番JN8123)は、三陸沖およそ300キロの洋上を、滑るような安定した姿勢で飛行している。

「ジャンボ」の名にふさわしい機体は秋の陽射しを受け、海面にくっきりと影を落としながら、一路・羽田空港へ向かっていた。

——2階・操縦室。

運航責任者である先任機長・杉山運航本部長は、後方のオブザーバー席に身を沈め、半ば禿げ上がった額に手を当てながら、紫煙をくゆらせて外を眺めていた。

操縦桿を握るのは若手機長の中山。

副操縦席には寺田機長。

そして先任航空機関士の山脇。

三人は羽田管制塔から送られてきた最新のフライトデータを確認しながら、着陸までの最終チェックを進めていた。

「定刻どおり……17時55分、着陸だな」

背後から杉山が声をかける。

「ええ。今回は天候に恵まれすぎるくらいです」

中山はそう言って、苦笑いを浮かべた。

「前回のオタワ・サミットでは、着陸直前で視界不良になり、20分も上空待機しましたから。あの時は、さすがに焦りました」

寺田はインターフォンを取り、客室責任者・青柳先任チーフに到着予定時刻と気象情報を伝える。

すぐに落ち着いた声が返ってきた。

「大臣以下、ご搭乗のお客様は皆さまお元気です。体調不良の報告もありません」

その言葉に、杉山は小さく頷いた。

「今回の平均年齢は75歳。体調だけが少し気がかりだったが……問題ないなら何よりだ」

そう言って、彼は笑う。

「……まあ、俺も“平均年齢の押し上げ要員”だがな」

操縦室に、和やかな笑いが広がった。

コクピット越しに見える空はどこまでも澄み渡り、秋の陽射しが海原を金色に染めている。

この時——

誰ひとりとして知らなかった。

数時間後、この「完璧な帰国便」が、取り返しのつかない惨劇の舞台になることを。


次回、

機内で“最初の異変”が報告される。

それは、誰も想像していなかった形で始まる。

到着まで、あと60分。

機体も、天候も、乗員も——

すべてが完璧だった。

ただ一つ、

人の心を除いては。


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