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Episode8 襲撃


 ――と、今のこちらの現状は先に述べた様子です。

 どうか、一度こちらの邸宅にお越しになってチェレスティーノ王太子殿下とお話をしていただけませんでしょうか。

 結婚するに至りましても、お父様との面談は避けられないと思います。荷が重いとは思いますが、どうか娘のためだと思って、お待ちしております。


 あなたの愛する娘、エリサより』


 深夜0時過ぎ、エリサはようやく書きあぐねていた手紙を仕上げ終えた。

 ペンを置き、インクが早く乾くように便せんに息を吹きかけて封に入れ、(ろう)をしてしまう。

 明日の朝一番で出しに行こう。そう思って机の上に手紙を置き、喉が渇いたため水を飲みに階下へ降りる。

 

 もはや見慣れた家の階段を降り、キッチンへ辿り着く。

 水道の蛇口を捻り、出てきた冷水をコップに注ぐ。ごくりとひとくち口にすると冷たくて喉越しのいいまろやかな軟水が喉を潤していく。

 1杯だけ水を飲んだエリサは作業がひと段落した安心感からふぁあ……、とあくびをした。

 時刻は深夜0時過ぎ、普段なら寝ている時間だ。

 エリサがもういい加減に寝ようとキッチンに背を向けた瞬間、パリンと何かが後ろで割れる音がした。

 ガラスのコップが割れてしまったのだろうかとエリサが振り返ったその時、視界に入ってきたのは黒いフード付きのローブを着た人間が三人。


 エリサは一瞬寝ぼけているのかと思い両目を(こす)った。

 だが彼らは幻覚などではなく、コツリと一歩踏み出した靴の音でエリサは息を()む。


「……だ、だれですか!?」


 野盗か蛮族か。

 何が目的かも分からない彼らに対して言えた言葉はそれだけだ。

 彼らはひっそりと息を殺して、じっとフードの奥からエリサを見据えている。

 その顔は分からない。陰になっている部分からわずかに見える口元がゆっくりと開く。


「……エリサ・ザッフェラーノ伯爵令嬢だな?」

「……!」


 自分のことを知られている。

 エリサはじり、と後退りをした。


「――(ファザー)の命のもと、作戦を決行する」


 色のない声で静かに彼らの中のひとりがそう言った。

 作戦って何? (ファザー)って誰?

 頭に浮かぶ疑問をよそに、目の前の彼らはローブの袖から銀色に輝く小刀を取り出した。

 これは理解しなくても本能で分かる。彼らはエリサを殺そうとしている。


「……っ、オリヴィア!」


 エリサは咄嗟にこの家の使用人を呼んだ。


「……無駄なことだ。命無き者に助けを()うとは」

「……っ!」


 どういう意味だろうか。

 戸惑うエリサはにじり寄る彼らに対して思わず構えた。

 いつか読んだ本に背中を見せてはいけないと書いてあった気がする。だからこそエリサは背を向けて逃げ出すことが考えられなかった。

 彼らの内のひとりが刃を掲げる。エリサがもうダメだと思った瞬間、もうひとりの何者かがエリサと彼らの間に乱入した。

 音もなく現れたその人物は刃を掲げる彼らの手首を返し、相手の腹に拳を叩きこむ。

 殴られた相手は上手く受け身をして、エリサたちから距離を取る。


「……そこはヒーローの名前を呼ぶのが定石だろう? ……と、怪我はない、エリサ?」


 聞き慣れた声にエリサは顔を上げる。

 そこには白いフードを深く被り、黒色の王家特有の紋章が描かれた肩掛けマントを身につけたチェレス殿下がエリサを背にして立っていた。


「っ、チェレス殿下!? どうして……っ!?」

「話は後だ。今はっ……」


 チェレス殿下が息を詰める。

 見れば敵の刃を左腕で受けていた。


「……こいつらの始末が、先だ」


 キラリと金の瞳が輝く。

 刹那、くるりと(ひるがえ)した右手には聖なる銀の輝きを宿した剣が逆手に握られていた。

 チェレス殿下はそのまま相手を斬りつけ、かわすために後退した相手に合わせて踏み込んでいく。


「……俺の領域に入ったのが運の尽きだな」


 そこからは先は目にもとまらぬ早業だった。

 小刀を振りかぶってきた相手をかわし、手にした剣で下から斬りかかる。

 ざっくりと刃が相手の顔を斬りつけ、ズパリと頬から額に掛けて血が噴き出る。

 そのまま回し蹴りを喰らわせてひとりを戦闘不能にする。

 チェレス殿下がひとりを相手にしている間に後ろから近づいて来た敵の攻撃をかわしてローブを引っ掴み、そのままもうひとりへと投げ飛ばして体勢を崩させた。

 よろめき倒れる敵にチェレス殿下は躊躇(ためら)うことなく手にした剣でふたりを突き刺す。

 敵の腹部をまっすぐに貫通した剣はいとも簡単に敵の息の根を止める。


 左腕を負傷しているにも関わらず数分経たずで3人の敵を倒してしまったチェレス殿下にエリサは息を呑んだ。

 彼がこれほどまでに強いとは知らなかった。

 病弱だったなんて、いつ病が再発するかなんて不安要素を一切感じさせない戦闘に驚き、こうも躊躇(ためら)いもなく人の命を奪うことができる彼を恐れた。

 チェレス殿下は突き刺した剣を引き抜くと、そっとマントの下に剣を隠し入れた。


「……怖がらせて悪かったな、エリサ。無事か?」

「……チェレス殿下……」


 彼に聞きたいことはたくさんある。

 一体どうやってここに来たのか。どうしてそんなに強いのか。どうやってエリサの緊急事態を知ることができたのか。


「……あ、りがとうございます。……でも、どうして?」


 エリサは率直な疑問を唱えた。

 

「どうしてって、好きな子を助けに来たら悪いかな?」

「そういうことじゃなくて……っ! だって、チェレス殿下、お怪我を……」


 怪我をしてまでエリサを助ける必要があったのだろうか。

 仮にもチェレス殿下は王族だ。その辺の人間が怪我をするのとはわけが違う。


「ああ、いいんだ、これは。その内治るから」

「そんな簡単に……っ! すぐに手当てを」

「……俺のことより、君の方が心配だ。どこも怪我をしてないか?」

「私は、あなたが助けてくれたから大丈夫です」


 そう伝えるエリサの頭をチェレス殿下は怪我をしていない方の手で優しく撫でた。


「そう、ならいいんだ。俺なんかより君の方がずっと大事だから」


 チェレス殿下はそう言ってエリサに向かって微笑んだ。

 そんなどこか余裕ぶるチェレス殿下にエリサはどうしてだか心の奥がドキリとざわつき、もう、と頬を膨らませた。

 ひとまず彼の手当てをしなければならない。

 エリサはチェレス殿下を連れて救急箱がある部屋へと彼の手を引いていく。

 夜が明けたらきちんと医者に診てもらわねば。そう考えるエリサをよそにチェレス殿下は静かにじっとエリサの様子を観察していたのだった。


 

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