Episode27 神話に終止符を
「――母、本当にこれでよかったのですか?」
白い無機質な空間に、その声が響いた。
姿も形もない。だが、これが本来の形である。
「――ああ。これで俺の本来の役目も終わりだ」
主から託された目的とその計画。
それを遂行するために俺は今まで動いていた。
「――次なる人類の解放者を育てること、ですか」
声は――オリヴィアは静かに思考した。
これから彼が行うこと、それは本来、『主』から託された計画には入っていないことだ。
「――母、エリサお嬢様は……」
その到達点にいない。
その意味を問いたくて、オリヴィアは母に投げかけた。
「――エリサは『EXCEEDER』じゃない。主と同じように力を持っているわけでもない。人類の中から無作為に選ばれただけの被害者だ。だが、人類の解放者に仕立て上げることはできる」
そう、それこそが俺の本当の狙い。
空白だった主の計画の続き、本来の役目を外れた役回り。
でも、そうでもしなければエリサを守れない。
俺は薄ら笑った。
「――これでお別れだな、『父』。次に会うときは敵同士、か」
金の瞳が意思を持って輝く。
オリヴィアは息を詰めた。前回対話した時と同じ、悪寒にも似た畏怖を感じる。
その時感じた仮説が、確証を持ってオリヴィアの目の前に立っている。
「――母、まさか、あなた……!」
確かに父は言った。『EXCEEDER』はどんな姿、形、存在で現れるかわからないと。
まさか、そんなことが本当に起こり得るなんて……。
「――ああ、そうだ、父。例の装置は確か、『EXCEEDER』でないと動かせないんだっけか?」
「――それは……!」
その通りだ。
改造した旧式の人型機械兵器には、元々運命を司る装置が組み込まれている。
だが、それを扱えるのは人類、ひいては機械を超越した『EXCEEDER』でないといけないはずだ。
母がニヤリと笑った。
「――それじゃあ、答え合わせといこうじゃないか、父?」
人ではない、機械でもない存在が父を笑って、この世界を去ったのだった。
――――・――――・――――・――――・――――・――――
「……ん」
寝ていた。
そう思えるほどぼやける視界を擦って、エリサは身を起こした。
体がものすごくだるい。徐々に合ってくる視点にエリサは瞬きした。
視界に映る部屋は初めて見るが、どこか見覚えのある空間だった。
無機質な白。
壁、床、エリサが寝かされていた椅子のようなものまで、全てが白い。
そして、エリサを中心に垂れ下がるいくつもの紐。
視線で辿ったその先には、四角い光る箱。
箱の表面に映し出された赤い点線が揺れて、下がってを繰り返している。
一方でエリサの体にも同じ紐が繋がれていて、両腕に数本、首と頭に二本、両足にも四、五本、ひいては股の間にも三本繋がっていた。
抜いても大丈夫なのだろうか。
不安に思うエリサの首元で、固い何かが肌に触れた。
「……これ」
手で触って、つまんでみる。
それは、指輪だった。
途中で捻じれた、装飾のない指輪。
よく見てみると、内側に刻印がある。
『11 12 32 44 49』
見覚えのある数字の羅列。
エリサの視界がじわりと滲む。
あの世界から唯一持ってこれた証のようで、嬉しさと寂しさが入り交じり、涙ぐんでしまう。
それでも、託されたチェレスからの頼みごとをやらなければならない。
エリサは一思いに体に繋がっている紐のようなものを外した。
それらはエリサの体に埋まっていたわけではなく、表面と接続していただけのようで、あっさりと外れた。
繋がっていた部分に銀色の円状の跡が残る。
椅子のようなものから降りたエリサは改めて自分の姿を顧みた。
袖の無いワンピースのような服を着ている。
コルセットなどはなく、腰の位置に一本の細い紐だけで前開きの布を縛っているようだった。
なんともヘンテコな衣服に首を傾げつつも、裸足で床を歩いた。
建物の構造は初めて歩くのに不思議と分かった。
チェレス殿下が『まっぷでーた』というやつを直接記憶に入れてくれたからだろう。
エリサはその足で、真っ直ぐに塔の最上階を目指した。
不思議と誰にも、何にも出会わない。
押し開き式の扉を通り抜け、石でも布でもないつるりとした不思議な素材の床を踏みしめ、同じく冷たくひんやりとした壁を辿って上へと向かう。
記憶を頼りに道を辿るエリサは、ついに塔の最上階へと辿り着いた。
両開きの扉を押し開き、透明で巨大なガラスが真正面にある部屋へと。
廊下と違い明かりはなく、中途半端に開けた扉から入るわずかな光だけが室内を照らしていた。
エリサは扉に体を滑り込ませるようにしてその部屋へと足を踏み入れた。
中はよくわからない機械が立ち並び、それぞれ光ったり点滅したり、大きな板に何かを映したりしていた。
エリサはおもむろにひときわ目立つ巨大なガラスの前へと進んだ。
その向こうに映る景色に、エリサは息を呑んだ。
眼下に広がるのは無数の光。
塔とは名ばかりの、巨大な建物の中にエリサが進んでいた建物があるみたいだった。
空を見上げても暗い闇。その隙間を幾何学な光が走っていく。
きれいだと思った。
その光景はエリサにとって、まるで宇宙の外に放り出されたみたいだった。
無数の星々といくつもの流れ星。
思い浮かぶ例えは自然のものなのに、視界に映る光景は非常に人工的なものだった。
このひとつひとつの光が、人が居る場所。
理屈は分からないけれど、エリサはそうだと分かった。
知っていたとでもいうべきなのだろうか。
自身の感情、思考にも驚いたエリサだったが、忘れかけていた本来の目的を思い出す。
機械を止めなければ。
振り返ったエリサは目に付いた機械の側へと寄る。
大きな光る板がついたその機械には、エリサの腰あたりに沢山のボタンが付いていた。
何をどうするか、本来のエリサだったら分からないはずなのにどうしてだかひとつのボタンに手が伸びた。
まるで何回も夢の中で練習したみたいに、流れるように赤いボタンへと手が伸びる。
赤いボタンが指先に触れる。
金属特有のひんやりとした冷たく硬い感触だった。
エリサは一思いに、そのボタンをぐっと押し込んだ。
……。
何も変わらない。
違っただろうか。いや、もしくはきちんと押せていなかったのかもしれない。
エリサは一度ボタンから手を離し、緊張を和らげるように息を吐いて、吸った。
そして、もう一度ボタンへと手を伸ばす。
ぐっと息を詰めて、もう一度深くボタンを押し込んだ、その時。
声が、響いた。
「――よくぞここまで辿り着いた、『EXCEEDER』よ」




