Episode26 See You Later
いつもの自室のベッドでエリサは横たわっていた。
ようやく心から愛する人と心から繋がることができたエリサは、恥ずかしながらもチェレス殿下に自室のベッドまで運んでもらったのだった。
大好きな人と繋がること、それはエリサにとって怖いものではなかった。
それどころか心が満たされて、ずっとこうしていたいとさえ思えたのだった。
エリサが視線を横にずらすと、隣には愛する人が。
「……エリサ」
名を呼ばれて、頬を撫でられる。
その感触が心地いいのにくすぐったくて、エリサは思わず目を細めた。
「……ん、なに?」
すっかりチェレス殿下に心を許したエリサは幸せに満ちた甘い声で返事をした。
もうエリサの心を縛るものは何もない。
そんなエリサの髪を手で梳きながら、チェレス殿下は大事な宝物を扱うようにエリサの頭を撫でた。
「……愛してる」
「……うん」
愛してる。その言葉が、どこかくすぐったくてエリサは頬を赤らめて俯いた。
言葉ひとつで恥じらうエリサにチェレス殿下はこどもをあやすようなキスをエリサの頭に落とす。
「……俺は、君を守りたいと思っている」
「……うん……?」
嬉しいけれど、少し引っ掛かる言葉。
エリサはきょとんとした顔で思わず顔を上げた。
優しいあたたかさを宿した金色の瞳と目が合う。
「……エリサ。このままだと君はいつかマキナに殺される」
チェレス殿下のその言葉に、背筋が凍り付いた。
さっきまでの幸せな気分が吹き飛び、頭の片隅に転がって忘れていたエリサを攫った男の言葉が蘇る。
『――例え今、ここで死んでも! 生き延びても! 我々の管理下にある限り貴様は死の運命から逃れられん!』
そうだ。そうだった。
この世界は彼ら――マキナが創り出した世界。
マキナの管理下にあるエリサたちは、生きることも死ぬことも、彼らに管理されているのだ。
どうすることも出来ない事実に、エリサは憤りを感じつつもおののいた。
「チェレス殿下……」
不安で、どうにかしたいのにどうにもできない歯痒さを感じてエリサはチェレス殿下に縋るような目を向けた。
震えるエリサをぎゅっと優しく抱き締めて、チェレス殿下は話をした。
「大丈夫だ。そんなこと、絶対にさせないから」
落ち着かせるように優しい手で背中を撫でられて、エリサはホッと息とついた。
チェレス殿下の手が強くてあたたかくて、安心したから。
「……だからエリサ。君にひとつだけ頼みたいことがあるんだ」
「……頼み?」
このまま殺されたくない。チェレス殿下と共に居たい。
その気持ちを抱くエリサはまっすぐな瞳でチェレス殿下を見つめた。
優しいようで強さを感じる金の瞳の奥に、揺らぐ何かをエリサは感じ取った。
「……うん。本当はエリサに任せたくはないことなんだけれど、どうしても俺じゃできないことだから」
「なに……?」
純粋に尋ねたエリサの問いに一呼吸おいて、チェレス殿下は答える。
「……この世界を終わらせてほしい」
「え……?」
言っている意味が分からない。
首を傾げたエリサに、チェレス殿下はより詳細な内容を明かした。
「あの男が言っていた通り、この世界はマキナが管理している世界なんだ。つまり、仮想空間。エリサからしたら夢を見ているようなものなんだ」
チェレス殿下の言葉にエリサは頷く。
この世界は創られた世界だって知っている。
「……だから、エリサには本当の世界――現実世界に戻ってマキナを一括管理している機械を止めてきてほしいんだ」
「機械を、止める……?」
エリサの疑問にチェレス殿下は静かに頷いた。
「そう。塔の最上階にマキナの心臓部とも言える機械がある。それがこの世界を含めた人類を一括管理しているんだ。その機械さえ止められれば、マキナを含めた全ての装置が停止する」
チェレス殿下の説明を、エリサは静かに受け入れた。
夢から覚めて、塔の最上階にある機械を止める。
頼みごと自体はそう難しいことではなかった。
「……俺は、マキナに目を付けられていてここを動けない。できるのはエリサ、君だけなんだ」
できるのは、私だけ。
チェレス殿下から告げられたその言葉が、エリサにはとても重たく感じた。
それでも、エリサだけができること。
なら、やるしかない。
「……でも、どうしたら……」
ふと口を突いて出た言葉。
そう、夢から覚めると言ったって、何をどうすればいいのか分からない。
そんな不安げな表情をするエリサにチェレス殿下はふ、と優しく微笑んだ。
「俺が君とこの世界を繋いでいるインターフェースの接続を切る。エリサは何もしなくても自然と目が覚めるはずだ」
「……うん」
「迷わないようにマップデータを直接君の脳に送る。……ちょっとだけ痛いけど我慢してくれ」
すっと髪の間に差し込まれた手のあたたかさを感じた瞬間、ビリッとした鋭い痛みがエリサの頭――とりわけ後頭部を貫いた。
ズキズキと響くような痛みとジンジンと熱されるような熱を頭の奥で感じる。
わずかに視点がズレて、横になっているのにぐらぐらと体全体を揺さぶられているようだった。
「……ぅ、く……」
「……ごめん、エリサ。でも、もう少しで収まるはずだから」
チェレス殿下の言う通り、ズキズキとした痛みはそう長くは続かなかった。
じわじわと薄れてきた痛みと伴って、視界のブレの徐々に収まってくる。
頭の奥を苛めていた熱を感じなくなった頃、ぼんやりと知らない光景が頭に浮かぶ。
誰に説明されなくとも、既に知っていると錯覚するほど鮮明に浮かぶ白い室内。
見たこともないつるりとした壁面と幾重もの太さの違う紐の数々。
その全てが初めて見ると理解しているのに、心の中ではずっと昔から知っていたような気持ちになる。
「……どう?」
「……知らない場所……、すごく白い部屋で、色んな紐みたいなのが……」
戸惑うエリサにチェレス殿下は静かに頷いた。
「エリサ。そこが今、エリサが囚われている現実の世界だ。人類は今、君が見たその部屋と同じ環境下に置かれている」
これが、管理されるということ。
人を人とも思っていないような環境に、エリサの体に悪寒が走った。
彼もまた、エリサと同じような状況なのだろうか……?
「そんな……」
「だから、エリサには人類を管理している機械を止めてきてほしい。そうすれば後は俺や解放された人たちが後の処理をする」
それだけ。
たったそれだけのこと。
エリサはチェレス殿下の頼みごとを受け入れた。
「……うん、わかった」
「ありがとう、エリサ。……ごめん、本当は俺がしなくちゃいけない仕事を君に押し付けて」
チェレス殿下の言葉にエリサは首を横に振った。
「ううん。あなたはマキナに目をつけられて動けないんでしょう? だったら……。私しかできないのなら、やる。やりたい」
チェレス殿下の力になれるのなら、エリサはなんでもしたいと思った。
もちろんこのままだと自分が殺される運命が待っているという事実もある。
でもそれ以上に、チェレス殿下もまたエリサと同じように囚われているという事実に、エリサは憤りを感じた。
「……エリサ、俺は君が『EXCEEDER』の候補者で本当によかったと思ってる」
「……?」
「エリサが人類の中から無作為に選ばれなければ、この出会いはなかったから」
そう言ってチェレス殿下はエリサの唇に唇を重ねた。
「チェレス殿下、あの……」
チェレス殿下からの行為にエリサは頬を赤く染めて視線をそらした。
言わなければならないことがある、求婚の答えを伝えなければ。
そう覚悟したエリサに、チェレス殿下はエリサの唇に封をするように親指でなぞる。
「エリサ。……あの時の求婚は、取り消しさせてほしい」
「……え」
ここまできて、突然の言葉にエリサは固まった。
やっぱりエリサを囲い込むためだけの詭弁だったのだろうか。
落ち込むエリサに、チェレス殿下は再び唇を重ねた。
「……あの時君に求婚したのは君をマキナの手から守るために吐いた嘘だ。でも、今は本当の意味で君を愛しているし、守りたいと思っている」
チェレス殿下は静かに語る。
それは酷くまっすぐで、エリサの心を貫いた。
「――だから、全てが終わったら、エリサ。君にもう一度求婚させてほしい。……今度は本当の意味で君と共に居たいから」
チェレス殿下の話に、エリサは口をつぐんだ。
答えなんて決まっている。エリサだって、チェレス殿下と一緒に居たい。
「チェレス殿下……」
「エリサ……。ありがとう、俺を好きになって、愛してくれて」
そんなの、エリサも一緒だ。
そう思ったエリサは、突如強い眠気に襲われた。
ガクンと重たくなる瞼に抗いたい思いでエリサは顔を上げた。
離れたくない気持ちと任された頼みごとに揺れるエリサの瞳に、愛しい人の微笑みが映った。
「……さあ、夢から覚める時だ、お姫様。……エリサ、忘れないで。君は『特別な唯一人の人間』だってこと」
白んでいく視界に、チェレス殿下のその言葉がやけに耳に残ったのだった。




