Epesode24 世界の真実 前編
帰ってきた、スペリメンターレ王国にある王都の邸宅。
エリサは地下に囚われていたため外の様子や時間経過がよく分からなかったが、チェレス殿下に助けられてようやく時間帯を理解した。
外は意外にも晴れていて、日が天高く昇っていた。
だがそんな爽やかな外の空気も先ほどの出来事が原因でエリサは堪能できない。
なぜ敵がエリサを狙うのか。
ヤツらが信仰する『父』の存在。
この世界が存在する意味。
そして、チェレス殿下のこと。
分かったことと分からないことがごっちゃになって、エリサは思わず泣いてしまった。
混乱するエリサをチェレス殿下はずっと側に寄り添って、その背を撫でてくれた。
それだけでエリサはチェレス殿下がチェレス殿下でなくとも、この人が好きなのだとどうしようもなく自覚してしまった。
こうして側にいてくれるだけでどこか安心し、嬉しさのようなものを感じてしまう。
いつもの邸宅に着き、応接室で親しんだ紅茶をオリヴィアに淹れてもらい、エリサはゆっくりと落ち着きを取り戻した。
控えめだけれど甘くてフルーティな紅茶の香りがエリサの心をくすぐった。
「……大丈夫かい、エリサ?」
「……はい。……すみません、助けてくださったのに、お礼も言わず……」
エリサは邸宅に帰るまでずっと思っていたことを話した。
頭の中で詰め込まれた情報がぐるぐると巡る中、誰であろうとエリサを助けてくれた事実に変わりはない。
そのことに対しての礼をしていないと、ずっと頭の片隅でしこりのように残っていたのだ。
「いや、エリサが謝ることじゃない。君を怖い目に合わせてしまったのは俺の責任だから」
それは今朝のことを言っているのだろうか。
だとしたらそれこそチェレス殿下が謝る義理は無い。
だってチェレス殿下は急用で仕方なくエリサと一時的に別れたのだ。
それに、助けに来てくれた時も「珍しく公務に手間取った」と言っていた。
彼が謝る道理なんて、1ミリもない。
「いえ、そんな……。助けて下さって、ありがとうございます」
しずしずとエリサは頭を下げた。
そんなエリサの頭に、温かくて優しい手が触れる。
そうしてゆっくりと髪を撫でられて、心地がいいと感じた。
でも、とエリサはわずかに上目で頭を撫でてくれるチェレス殿下を見た。
彼は本当に、チェレス殿下なのだろうか。
仮にもチェレス殿下は王族だ。ならば、影武者が居たっておかしくない。
「……エリサ?」
チェレス殿下が小首を傾げながら優しくエリサに問いかけた。
エリサはチェレス殿下の仕草にドキリとしながらも、心に浮かんだ疑問を持て余した。
「いえ……」
「……あいつが言っていたこと、気になるかい?」
チェレス殿下の言葉に、先ほどとは別の意味でドキリとした。
思わず息を詰めたエリサに、チェレス殿下は静かに話し始める。
「……エリサ、俺が前に話したこと、覚えているかい?」
「前……?」
「うん、俺が魔法を使えるせいで公には出られなくなった話――俺が、『隠居体質王子』と言われる所以になった話だよ」
その話は覚えている。
魔法という人智を超える力が扱えるチェレス殿下が政治利用されないように国王陛下が配慮してくださったという話だったはずだ。
「その時に、一部の集団が『第一王太子は病弱なんかじゃなく、何らかの理由で何者かに殺された』という噂が立ったんだ。だけど、父上が噂の真偽を正して得られるメリットが無いと判断して噂をそのままにした。それを、彼らが鵜呑みにしただけだよ」
「そう、なんですね……」
確かにあの時、あの男も『私が』ではなく『我々が』と言っていた。
それは自分たちの身内の誰かがチェレス殿下を殺したという認識だったからだろう。
「だから、エリサは気にしなくていい。ちゃんと、君の側に居るから」
そう言ってチェレス殿下はエリサの背を優しく撫でた。
ホッとする温かさに、詰まっていた息がわずかに抜ける。
そうなるとエリサの中で浮かんでくるのはあの男が話していたことだ。
あの意味不明な話は、そっくりそのまま信じていい話なのだろうか。
「あの、チェレス殿下……」
「なんだい?」
心配そうにエリサを見つめる瞳に、エリサはわずかに躊躇った。
聞いてもいいのだろうか。思わず膝に置いた両手をぎゅっと握ってしまう。
そんな怯える素振りを見せるエリサの背を、チェレス殿下はただゆっくりと優しく撫で続けた。
「……エリサ。君が気になっていることがあるなら話してくれ。もう、はぐらかしたりしないから」
そうだ。彼はエリサを助けてくれた時も言っていたじゃないか。
ちゃんと説明をするからと。
エリサは緊張してぎゅっと握っていた拳を解いて、深呼吸した。
「……実は、あの男の人が言っていたことが気になって……」
「何を言われたんだい?」
「えっと……、この世界を創ったのは『我々』だって。それで、『父』の目的が『EXCEEDER』を探すことで、人類に復讐を、とか……」
エリサはあの男から言われたことを少しずつ思い出しながら話す。
それでも心の整理がまだついていないエリサはどの情報がどう繋がっているのか上手く飲み込めていない。
つっかえながらも話すエリサの話を一通り聞いたチェレス殿下は、エリサが飲み込めるようにゆっくりとエリサの顔を見て話しだす。
暖かい春の陽気のような金の瞳と目が合った。
「……エリサ、まずは落ち着こうか。大丈夫、ひとつずつ説明するから」
チェレス殿下の言葉にエリサは静かに頷く。
「……まず、本題に入る前にエリサに心得ていて欲しいんだけれど、今から話すことはエリサとしては信じがたいことだと思う。受け入れられないこともあるかもしれないけれど、エリサのペースでいいから、聞いてほしい」
「……うん、わかった」
貴族令嬢であることも忘れてエリサは子どものように頷いた。
そんな素直なエリサをチェレス殿下が優しく微笑んで頭を撫でた。
「……そう、だな。順序を追って話すなら、この世界が創られた理由から、かな」
チェレス殿下のその言葉で、この世界はやっぱり創られた世界なのだと理解した。
もう既に首を横に振りたくなる事実だが、仕方ない。
エリサはチェレス殿下の続きを聞いた。
「まず、この世界を創ったのは彼らであることは間違いないよ。ここは、言わば仮想空間みたいな場所なんだ」
「かそう、くうかん……?」
聞き慣れない言葉にチェレス殿下が補足する。
「そう。一番近い例えは寝ている時に見る『夢』かな。現実じゃない」
「でも……」
思わず出てしまった声をエリサは咄嗟に飲み込む。
まずは話を聞かないと、と思ったエリサにチェレス殿下は首を横に振った。
「うん、エリサが驚くのも無理はない。でも、ここが現実じゃないって、エリサは証明できるかい?」
「……それは」
できない。
チェレス殿下は、一番近い例えが『夢』だと言った。
確かに寝ている時、夢を見ている時はそれが夢だと気が付くことは稀で、ほとんどは起きてから夢だったのだと気付かされるのだ。
「エリサ。人間の認知っていうのは全て脳が判断して行っている機能に過ぎない。エリサが今見ている景色も、この紅茶の味も匂いも、全て脳がそう認識しているだけに過ぎないんだよ」
「そんな……」
これが、現実じゃ、ない……?
手が震えた。だって、チェレス殿下がエリサの頭や背中を撫でてくれる感触も、慣れ親しんだこの紅茶の味も匂いも、本物じゃない、って……。
そんなの、信じられるわけがなかった。
「……信じられないって、顔してる。でも、人間の認知っていうのはそういうものなんだ」
突きつけられる現実に、エリサは俯いた。
じゃあ、本当は、一体何なのだろう。
「じゃあ……、じゃあ、本当は、いったい、なに……?」
サーッと、顔から血の気が引いていく。
分からなくなり始めた手の感覚に、チェレス殿下がそっとエリサの手を握った。
「……エリサ。大丈夫だから、落ち着いてほしい」
チェレス殿下の声が、優しくも重たく、エリサの中に染み込んでいった。




