表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/24

Episode23 隠居体質王子


 エリサは目の前の狂った男を前に、恐怖した。

 『(ファザー)』、『超越者(EXCEEDER)』、創られた世界……。

 意味不明な言葉を並べる目の前の男が、愉悦とも思える表情でゆらりとエリサに近づく。

 何をしてくるのか分からない男を前に、エリサは震える足で一歩、また一歩、後退りをした。


「――仮に、人類側から『E()X()C()E()E()D()E()R()』が生まれたとしても、取るに足らん。我々の中から『E()X()C()E()E()D()E()R()』が生まれるまで、時間稼ぎをするまでよ……」


 狂気の笑みに、エリサは胸元で両手をぎゅっと握った。

 それほどまでに自分たちの中から『EXCEEDER(エクシーダー)』という存在が生まれるのを待ち望んでいるのだろうか。


「……で、でも、あなたたちは少なくとも『E()X()C()E()E()D()E()R()』が見つかるまでは、人類を滅亡させることはできないんじゃないの……!?」


 恐怖で凍り付きそうになる思考の中で、エリサは震える声で指摘した。

 男の話からして、『E()X()C()E()E()D()E()R()』は人類か彼らの中か、それとも別の何かか。

 その存在についてはどこから生まれるのかは不明のはずだ。

 だとしたら、エリサが目覚めた時にこの男が言っていた、エリサが『E()X()C()E()E()D()E()R()』である可能性だってあるはずだ。

 そして、彼らは『(ファザー)』からこう指示されていたはずだ。『EXCEEDERが現れるまで、人類を滅亡させることは許さぬ』と。

 それは、彼らが『(ファザー)』からの指示を無視していることと同義ではないのか。

 そんなエリサの考えをあざ笑うかのように、男は嬉々として答えた。


「ああ、人間の娘よ。確かにそうだな……。確かに我々は(ファザー)より『人類を滅亡させるな』と指示されている。……だが、()()()()()()()()()とは指示されていないのだよ……!」


 それはつまり、例えるなら蟻の巣から蟻を全滅させてはいけないだけで、ありんこ一匹殺したところで変わりはしないと。


「ふふ、人間の娘よ。お前の代わりなど幾らでも居る。例え今、ここで死んでも! 生き延びても! 我々の管理下にある限り貴様は死の運命から逃れられん! だが、ただ命を散らすだけだというのなら、荒ぶる神を鎮めたる楽士らの如く、苦痛に泣き叫ぶがいい……っ!!!」


 男が叫ぶ。

 そして、地を蹴ると同時に何もない空間から銀色の小刀を出現させる。

 それはまるでチェレス殿下が扱う魔法――もとい『神の力』に酷似していた。


「きゃああああっ――!!!」


 石牢の中で悲鳴がこだまする。

 咄嗟(とっさ)にしゃがみ込むも男から逃げられるわけではない。

 かといって逃げる場所なんてどこにもない。


 ――たすけてっ、チェレス殿下……っ!

 

 助けを求める言葉は声にならず、エリサはぎゅっと目を(つむ)る。

 来る衝撃を覚悟し、下唇を噛んだ。

 キィン、と金属が響く。だが、体に身構えていた衝撃は来ない。


「――これ以上好き勝手してもらっちゃ困るなぁ」

 

 もうずっと、聞き慣れた声。

 そんな、まさかと疑う心で見上げた光景は、エリサを背に立つ王家のマント。

 今朝別れたはずの、愛しい人がエリサを攫った男と対峙していた。


「……チェレス、殿下……」


 ぽつりとその名を呼び、思わず座り込んでしまったエリサに、チェレス殿下は背中越しに視線を送った。


「……遅くなってわるい、エリサ。珍しく公務に手間取ったんだ。怖い思いをさせてわるかった」


 エリサを守るように立つチェレス殿下にエリサは安心した。

 もうダメだと思っていた。でも、助けに来てくれた。

 その事実だけでエリサは安堵の息をついた。


「……王家のマント、だと……? それに、その顔、見覚えがあるぞ……」


 チェレス殿下と対峙する男が何かを考える素振りをする。

 そして、どこか懐疑的な目で眉根を寄せた。


「チェレス……、チェレスティーノ……?」


 男がひとりごちる。

 次に、何か思い当たったのか目を見開いて驚愕した。


「っ、まさか、チェレスティーノ・スペリメンターレだと……っ!?」

「そうだと言ったら?」


 狼狽える男の様子にチェレスはへらりと笑った。

 

「そんなばかな……っ、貴様は確かに我々が処刑したはずでは……っ!?」

「さあ、何のことやら」


 動揺する男にチェレス殿下ははぐらかした。

 話が見えないエリサは男の言葉を反芻(はんすう)する。


 処刑……? チェレス殿下が……?


 エリサとてその意味が分からない訳ではない。

 だが、もし男の言うことが本当ならば、エリサを守る目の前の男は一体誰なのか。

 混乱する状況の中、ただひとりチェレス殿下だけが静かに笑っていた。


「ならなぜ……っ、いや、そんなはず……、まさか……!」


 男が何か思い当たったようだ。

 そして、動揺の中戦意を回復させる。

 周囲に四つの刃が現れる。


「っ、仮にそうだとしても、我々に歯向かうのであれば容赦はしない……っ!」


 シュッ、と風切り音が鳴る。

 鋭い刃はエリサの目に映らない。

 けれど、チェレス殿下が手を薙いだだけでカシャン、と地に落ちた。

 目の前で起こっていることを理解しようとするエリサが瞬きした後にはもう、音もなくチェレス殿下が男を組み伏せていた。


「……悪いけど、この世界はもう君たちのものじゃない」

「な、んだと……!」


 圧倒的な力の差に、男は(うめ)く。

 

「……書き換えさせてもらったよ、全部。アルゴリズムから何から何まで」

「貴様っ、いったい、どうやって……っ!?」

「……ふ、その事に関しては感謝しないとだな。君たちが崇める『(ファザー)』に」

「な……!」


 男が言葉を失う。


「君たちが『(ファザー)』から託された力をこの世界に組み込んでくれたおかげで、(あるじ)の目的を達成することができそうだ」


 主。

 そう言えば前にもそんなことを言っていた気がする、とエリサはぼんやり思い出す。

 チェレス殿下はその主の指示に従って動いているのだろうか。


「あるじ、だと……?」

「……君たちは十分に知っているはずだ、その男を」


 チェレス殿下が笑みを消して静かにそう言った。

 男を(さげす)むような目で、組伏している男を見下した。


「……っ、やはり、貴様は……っ!」

「さあ、そろそろおしゃべりはやめにしよう。君の役目はもう終わった」


 チェレス殿下は動けない男に見せつけるかのように、ゆっくりと()()で作り上げた光を纏う刃を周囲に出現させる。

 思わずエリサは息を呑んだ。

 男を殺してしまっていいのか。仮にも同じ命ではないのだろうかと。

 だが、その思いをチェレス殿下に伝える前に光の刃が男を襲う。

 男を組み伏せるチェレス殿下の体を貫通し、男の息の根を止める。


「……っ」


 エリサは息を詰めた。

 だって、チェレス殿下ごと男の体を刃が貫いたのだ。

 どちらも助からない、常識的に考えてそう思うのに、刃がその命を貫いたのはエリサを攫った男だけだった。


 男は声もなくだらりと体の力を抜いた。

 いや、抜けていったといった表現が正しいだろう。

 チェレス殿下はその後何事もなかったかのように組み伏せていた男を放して立ち上がった。


「……遅れて本当にごめん、エリサ。けがは……」

「……っ、どうして……」


 情報過多に身体の危険。

 エリサの頭は混乱していた。

 敵だからといってなぜこうも容易く人を殺してしまうのか。

 そもそもエリサの目の前にいる彼は本当にチェレス殿下なのか。


「……どうして殺したのか、疑問に思ってる?」


 静かに問いかけられた言葉にエリサは頷く。

 疑問はいくつもある。そのうちのひとつが解決するならなんでもいい。

 その思いでエリサはわずかに震えながら頷いた。


「……そもそも彼らに人間のような命はない」

「どういうこと……?」


 当然の疑問に、チェレス殿下は僅かに悩む素振りをした。


「どうって……、そのままの意味だよ。彼らはただのデータにすぎない」


 データ。その言葉が意味することを、エリサはよく知らない。

 混乱して俯き、頭を振るエリサにチェレス殿下がそっと寄り添った。


「……エリサ、ひとまずここを出よう。……ちゃんと説明するから」


 チェレス殿下がそっとエリサの背中を撫でた。

 その手の温かさに安心していいのか分からないエリサの目尻を、透明な雫が伝ったのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ