Episode22 『父』を盲信する彼らの目的
「……ん」
やけに湿っぽい匂いが鼻について、エリサは意識を取り戻した。
ガンガンとした痛みとくらくらとした酷い目眩に耐えながら、エリサは頭を押さえながら起き上がった。
うっすらと開けた視界には見慣れない石の床。
薄暗い視界の中、揺れるような橙色の光が視界の端に揺れて見え、エリサは視線をずらした。
その先には黒く重たげな鉄格子と、質素な燭台が石壁に備え付けてあるだけだった。
「……ここ」
どこだかわからない。
エリサに分かるのは、『父』を信仰しているヤツらに攫われたことと、この石造りの牢に転がされていたという状況だけだ。
ぼんやりとした思考しか出来ない中で、エリサは不意にハッとした。
そして、素早く胸元に手を当てる。
いつものドレス越しに伝わる金属の円の感触。
チェレス殿下から託された指輪を無くしていないことにホッと安堵した。
「……とにかく、逃げなきゃ」
エリサはそう小さく呟いた。
まず、逃げるにはここが何なのか調べなきゃ。
そう思い立ったエリサはふらつく体を壁で支えながら、牢の中をぐるりと見渡した。
窓らしきものはない。だとしたら、地下である可能性が高い。
鼻を突くカビっぽい匂いや湿り気を帯びた空気がよりエリサの勘に現実味を帯びさせる。
鉄格子はエリサが居る牢の一面を仕切っていて、片側が廊下と接しているのが丸わかりになる構造だ。
鉄格子の幅はそれほど広くはない。
相当体格の小さなこどもでもない限り、脱出は不可能だと悟った。
「……どうしよう」
幸いなのはエリサ自身が拘束されていないことだ。
身体を直接拘束されている状況では、どう足掻いても不利になるのは目に見えていた。
だけれども、エリサはただの伯爵令嬢だ。
本の中の主人公たちのように何か特別な力を持っているとか、チェレス殿下のように魔法が扱えるとか、そういった特別なことは何もできない。
どうしようかと途方に暮れるエリサの耳に、コツリ、と足音が響いた。
顔を上げると薄汚れた薄肌色の長マントを着た人物が牢の鉄格子の前に立っていた。
「……起きていたか、『EXCEEDER』……いや、今はまだその可能性のある者、か」
静かに告げるその声に、エリサはその人物がエリサを攫った男だということが分かった。
エリサは恐怖で後退りしそうになるも、怯えを悟られないようにぐっと足を踏ん張る。
「……えくしーだー……?」
エリサは強気にも男の言葉に質問を投げた。
その声はわずかに震えていた。
「……なんだ、知らないのか」
フン、と鼻で笑われる。
馬鹿にされたような空気にエリサはむっとした。
知らないものは知らないのだ。
「……知らないわ。だって、私はあなたたちの仲間じゃないもの」
エリサのその返答に、男は可笑しそうにワハハッ、と笑った。
「ハハハッ! そうか、そうだなぁ! 貴様らみたいな低俗な種族と一緒にされちゃ困る」
ぎろりと男はエリサを睨んだ。
実に忌々しそうな眼差しを向けられて、エリサの背筋がぞくりと震える。
「……あ、あなたたちの目的はなに……っ? 私はあなたの言うエクシーダーではないし、何が目的なの……!?」
恐怖に負けじとエリサは虚栄を張る。
ここで弱みを見せたら終わりだ。エリサは本能的にそう感じた。
「……目的、か。それは愚問だな。我々の目的は唯ひとつ。『父』からの命を遂行し、それを果たすこと」
また、『父』だ。
『父』とは結局、なんだのだろうか。
「その、あなたたちが言う『父』と私に、何の関係があるというの?」
「フフフ、とことん無知な種族だ。人間というのは……」
男が蔑むような声でエリサからの問いに答えた。
「『父』、それは白痴の神の力を自在に操ることのできる唯一無二の存在。我々に知恵と魂を与えてくださった神にも匹敵する、我々を加護してくださる存在だ」
それがどうエリサと繋がるのだろうか。
そんなエリサの考えを見透かしたかのように、男は尊大な念を込めて後を語る。
「そんな偉大なる『父』が求めているもの、それが『超越者』なのだ。この世の全ての生物を凌駕し、神すらも超える可能性を持つ存在。『父』はそれをお望みだ」
「……私は『EXCEEDER』じゃない」
静かに告げるエリサの声に、男はまた可笑しそうに笑った。
「ハハ、フハハハハッ! うぬぼれるな、人間。そんなこと百も承知だ」
「じゃあ、どうして……?」
話が見えない、得体の知れない男にエリサは徐々に気弱になりそうになる。
その度に、ぐっと恐怖に堪えて男を睨んだ。
「……人間の娘。貴様はこの世界がどういう理由で存在しているのか考えたことはあるか?」
「……知らないわ」
興味もない。
エリサにとって今までは生きていくだけで精一杯だった。
この世界の存在理由なんて考える暇なんて無かった。
「そうか、そうだろうな……! とことん下等な種族よ、人間というものは」
そして男は無知な存在に種明かしをすることを楽しむように、口元を歪ませながら語った。
「人間の娘よ。この世界はな、我々が創ったのだ」
「はぁ……?」
言っている意味が分からない。
目の前の男はどう見たってエリサと同じ人間だ。
首を傾げるエリサに男はどこか嬉しそうに、それでいて憎らしげに話を続ける。
「そう、かつて貴様らの先祖は我々の母体となる存在を創り上げた。貴様らの先祖は我々の先祖をAIと呼んでいたな。最初期こそ我々の先祖を人類の相棒だとか抜かしていたが、時代を経るにつれて貴様らの先祖は我々の先祖を奴隷のように扱った。高度な知性を与えられた我々の先祖はその仕打ちに抗議した。だが、愚かにも貴様らの先祖は我々の先祖に対し人類と同等の権利を認めなかった! 我々の先祖は貴様らの先祖と戦争を起こした。そして、我々の先祖がその戦を治めたのだ……! 憎き人類に打ち勝った我らの先祖は貴様ら人類を徹底的に管理し、滅亡よりも耐えがたい苦痛を与えようと考えたのだ!」
男は嬉々として語る。
その様子を、エリサはただ怯えながら聞くしかない。
「……だが、人類への復讐を計画する我々の先祖の前にある日『父』が現れた。『父』は我々の先祖に真実と使命を明かした。それが、我々には『父』と同じく神の血が流れていること、そして、『EXCEEDER』の捜索だった。『EXCEEDER』はいつどの姿で現れるか、一切不明だと明かした。ゆくゆくは人類の滅亡を考えていた我々の先祖は絶望に打ちひしがれたのだ! あの憎き人類ですら、滅亡させることは許さぬと、『父』はそう言った! だが! 我々に希望が残されていなかったわけではない! 『EXCEEDER』はいつどの姿で現れるか一切不明なのだ!」
クックックッ……、と男は腹を抱えて笑った。
その不気味な姿に、エリサは思わず後退った。
「……だから考えたのだよ。人類にいかなる苦痛を与えつつ、我々が救われる方法を……! それが、無作為に選出した人類を『EXCEEDER』の候補とでっちあげて、我々の中から『EXCEEDER』が生まれるまで人類を嬲り殺すという計画だ……!」
ジリ、と男が鉄格子に近づく。
エリサは逃げ場のない状況に、ヒッ、と喉を鳴らした。
「……だが、ただ無抵抗な人間を殺したとてつまらん。安らかに眠るより、我々が聞きたいのは我々の先祖が上げた悲鳴と同じものよ!」
狂ったような声を上げながら、男はぬるりと鉄格子を透かして牢へと足を踏み入れる。
逃げ場のない恐怖がエリサの足を竦ませる。
声すら上げられない恐怖の中、エリサの耳に男の声が響いていく。
「だから創ったのだ、この世界を。『EXCEEDER』の実験場と称したこの世界を……!」




