Episode14 真意(後編)
「――チェレス殿下」
朝食を摂るために赴いた食堂で、エリサは思い切って開口一番チェレス殿下に声を掛けた。
幸い父はいつもながら部屋で朝食を摂るのだろう、未だ食堂に顔を見せていない。
我ながらどこかのんびりとした父に尊敬の念を送りつつ、今が好機だとエリサは思い切ったのだった。
「――おはようエリサ。どうした?」
オリヴィアと同じく、こちらもまた平常なチェレス殿下にエリサは不信感を募らせる。
それでも向き合わないことには先には進めない。
「……おはようございます。あの、実はお話したいことが」
「話、か。……その様子だとここで話すべき内容じゃなさそうだね。後で部屋に来てくれるかな?」
にっこりと優しげにチェレス殿下は笑った。
すっかり意気込んでいたエリサは多少拍子抜けしたものの、それもそうかと頷いた。
ここは食堂だ。言い換えれば誰でも出入りができる。
そんな場所でチェレス殿下との結婚の話とか、昨夜のオリヴィアとの会話とかを問い詰めるわけにはいかない。
エリサはチェレス殿下の言葉に同意を示し、朝食を摂るために席に着いたのだった。
それからふたりは特にこれといった会話をすることなく、朝食を食べ終える。
エリサよりも早く食べ終わったチェレス殿下はエリサに対し「じゃあ、待ってるから」と言い残して食堂を後にする。
そしてエリサもまた、程なくして朝食を食べ終え化粧直しをするべく一度自室へと戻る。
直すといってもリップを塗り直す程度のものだが、エリサはチェレス殿下と向き合うための気合いを入れる意味も込めていつもより丁寧に身だしなみを整えた。
いよいよエリサは決死の思いで自室を出て、チェレス殿下が居る客室へと向かう。
他人に自分の思いを話すなんてそうそうなかったエリサは今すぐにでも逃げ出したい思いに駆られながらも、このままの状態だと二進も三進もいかない状況を抜け出すために気を張る。
チェレス殿下が泊まる客室で、エリサは扉を三回ノックした。
「チェレス殿下、エリサです」
「――どうぞ」
中からチェレス殿下がそう答える。
エリサは一思いに扉のノブに手をかけ、扉を開いた。
見慣れたビロード調のソファに木のローテーブル。落ち着いた紅のベッドとカーテンは窓からの光に照らされて朝露に濡れた薔薇のような光沢を出していた。
エリサにとっては見慣れた客室に、さも当然かの如くチェレス殿下がソファに足を組んで優雅に座っていた。
「まあどうぞ、座って。その方が、ゆっくり話ができるだろう?」
チェレス殿下はそう言って反対側のソファをエリサに勧めた。
エリサは自分の家なんだけどな、と少しだけ不服に思いながらも、チェレス殿下の提案を呑み勧められたソファへと腰掛ける。
その間にチェレス殿下はローテーブルに置かれていた予備のカップに紅茶を注ぎ、エリサに対して差し出す。
「どうぞ」
「はぁ……、ありがとうございます」
いつかの日のような状況に尻込みつつも、エリサは話の決意を固める。
「……それで、話って?」
紅茶を飲みながら、チェレス殿下はエリサに問いかけてきた。
エリサは山ほどもある聞きたいことの中から、ひとつを選び取って口を開く。
「……単刀直入に訊きます、チェレス殿下。あなたはあの日、本当に私に一目惚れしたからその場で公開プロポーズをなさったのですか?」
「……それはもちろん、そうだよ。どうしてそんなことを聞くんだい?」
「正直、ずっと疑問に思っていたんです。スペリメンターレ王国を治める王族であるあなたが、なぜいち伯爵令嬢である私に大々的にプロポーズをしたのか。前にも言いましたが王族であるならば令嬢など選び放題のはずです。もし仮にチェレス殿下が私に一目惚れをして、その場でご結婚を考えたとしても形式通りにダンスのお誘いからでよかったのでは? なぜチェレス殿下はあの場で騒ぎになるような行動を?」
まくしたてるように疑問を言い放ったエリサに、チェレス殿下は顎に手を当てて考える仕草をした。
悩むところなんて、あるのだろうか。
「……その方がいいと思ったからだよ。だって、形式通りに君をダンスに誘ったって、エリサは例外なく断っていただろう?」
「それはもちろん、そうだと思いますけど」
「だとしたら君に逃げられる可能性が高かった。あの場では、あの方法が最善だと思ったんだよ」
朝日のようなまっすぐな輝きを纏った金の瞳と視線がかち合う。
逃げられる? 相手が誰か分かっているのならば、父であるザッフェラーノ伯爵に王令を出せば済む話だ。
だのに、チェレス殿下はそれをしなかった。
「……最善であるならば、爵位を顧みればわかるでしょう。チェレス殿下は王家、私は伯爵令嬢です。王令でも何でも出せば、こちらに王家の意思を背く条理はありませんから」
「……うん、エリサの言うことはもっともだ。……でも、思い出してほしい。俺が昨日、晩餐の席でザッフェラーノ伯爵に言ったことを」
昨日の晩餐、半ば聞き流していたものの粗方は覚えている。
「……心が伴わないまま、先には進めない……?」
「そう。エリサの気持ちが俺に向かないまま、結婚には進めない」
「……どうして?」
「俺が嫌なんだ」
政略結婚なんてざらにある世の中で、国を統治する王族がエリサに対してまっすぐにその言葉を向けた。
それほどまでに、エリサでなければいけないのか。
「……わかりました。でも、あなたの言動には目に余るものがあります」
「目に余るって?」
とぼけた様子で首を傾げるチェレス殿下にエリサは少しイラッとしながらも、エリサは気になっていた点を話す。
「その、誰にだっていい顔をするのはよくないと思います。うちの使用人たちと話すなとは言いませんが、もう少し声と場所を選んで……」
なるべくオブラートに包みながら指摘するエリサは、どこかニコニコとしだしたチェレス殿下に気付く。
どうして、笑っているのだろう……?
「……へぇ、嫉妬してくれたんだ?」
「ち、ちがいます!」
チェレス殿下に指摘され、エリサはドキリと心臓が跳ねあがった。
嫉妬なんて、するはずがない。ただ、大々的にプロポーズしたくせに不誠実だと思ったからだ。
顔から火が出そうなほどの恥ずかしさを抑えて、エリサは続けて否定を重ねる。
「だいたいっ、殿下がそういう態度を取るから結婚に踏み切れないんですよ! 私が知りたいことをなにひとつ教えてくれないしっ、私を冗談でからかってくるし……っ、オリヴィアとだって、何か計画をしているような話もしてましたしっ……、そういうの、不誠実だと思います!」
一思いに言い切ったエリサは、息を深く吸い込んでふぅ、と吐いて一度昂った気分を落ち着かせる。
思いの丈は言った。言い切った。
エリサがずっと引っ掛かっていたことをチェレス本人に言った。
自分だけ蚊帳の外なのが嫌だった。エリサと結婚したいと言っている人が、エリサが誠実な人がいいという条件を出したにも関わらずずっと何かを隠されているようなのが。
違うなら違うと言って欲しい。
もしそうでないのならば、言えない理由があるのならそれを話してほしい。
王族だもの、話せないことのひとつやふたつはあるだろう。でも、それにしてもその理由だけでも話して欲しかった。
いつだって、チェレス殿下はエリサからの質問をはぐらかすように冗談めかしたことを言うのだ。
それが、エリサにとっては不誠実に映った。
当のチェレス殿下はまくしたてるように告げられたエリサの心の内に、驚いた様子で目をぱちくりとさせた。
それから、一度視線を紅茶のカップに落とし、再び静かに上げた。
その目は怒っても笑ってもいなかった。
「……ごめん。エリサを不安にさせたのなら謝ろう。……でも、俺が冗談や嘘を言ったことは一度も無いし、話せないことがあるのも、分かってほしい」
「それは……、わかってますけど、でも……」
そう言って俯いたエリサは自分がまるで駄々をこねる子供のように感じられた。
本当に一目惚れという理由で納得しないとダメ? どう考えても別の理由がある気がするのに……。
エリサはどうも納得できない自分を持て余し、俯いた。




