Eoisode10 居座り
「――それで、エリサに提案なんだけれど」
運ばれて来た紅茶を嗜みながら、チェレス殿下はエリサにそう前置きをした。
今までのチェレス殿下の態度に不信感しかないエリサは少しだけ不機嫌を装いながら返事をした。
「なんですか?」
「しばらくは、ここに残って君を守ろうかと思って」
「は、はぁ……!?」
この王子は一体なにを言い出すのだろうか。
「の、残るって、公務の補佐とかはどうするんですか?」
「ああ、それなら問題ないよ。どこにいても出来ることだから」
そんな器用な芸当ができるのだろうか。
それに、一体なんの目的があってチェレス殿下はここに残るというのか。
「で、でも、だって……」
「その方が君を危険からちゃんと守れるし、好きになってもらうにも距離が近い方がいいかと思ってさ。……どうだろうか?」
「い、いえっ、結構です!」
咄嗟にエリサは反応してしまった。
確かに昨夜みたいにまた襲撃があったら怖いが、チェレス殿下に直接守ってもらわなくても王族ならいくらだって手があるだろう。
それこそ、王国騎士団らを手配してエリサを警護すればいい。なにもチェレス殿下が直接エリサを守らなくてもいいはずだ。
それに、後半部分は本当にいらない。エリサにとってメリットがひとつも無いように感じた。
「そう? また昨日の夜みたいに襲われたらどうする?」
「それは、えっと、王国側の騎士団とかに警護を任せるとかできないんですか?」
「うん。悪くない考え方だけれど、俺が納得できないなぁ。俺が君を守るんじゃダメ?」
チェレス殿下はどこか上目遣いにエリサにそう言った。
その姿がどこか捨てられそうな子犬のようで、エリサは言葉に詰まる。
「……っ、お、王族であるあなたが怪我をしたりしたらそれこそ大問題ですよ」
「大丈夫だって。魔法使いだから」
チェレス殿下はニコニコと笑ってエリサにそう答える。
「もう、……だからからかわないでくださいってば」
「からかってなんかいないさ。真剣に君とのことを考えているんだ」
そう言うチェレス殿下の眼差しはどこかまっすぐで、エリサの胸はドキリと動揺したように揺れた。
約1か月もの間、欠かさずエリサの元を訪ねてきてくれたチェレス殿下。
『隠居体質王子』という肩書きに似合わず、本当は裏で国の為に色々と動いてくれているくせに、わざわざ時間を取ってまでエリサに会いに来てくれていた。
しかも、昨晩の出来事からエリサのピンチには駆けつけてきてくれるという俊敏さ。
こうまでされて、エリサとしてはチェレス殿下がエリサのことを遊び半分面白半分で考えているわけではないことくらい、理解していた。
それでも頑なになってしまうのはやはり、彼が本当のことを話してくれないという不信感だろうか。
「……っ、あなたが私のことを蔑ろにしていないことくらい、十分にわかりましたから。だから、もう少し自分のことを大切になさって……」
エリサは俯いた。
それはもちろん、王族であるチェレス殿下が怪我をした原因がエリサだと知れ渡ったら世間からの評価がどうなってしまうのか、容易に想像がついたからだ。
チェレス殿下は明らかに身分が下であるエリサに対して丁重に扱い過ぎだ。それをエリサはひしひしと痛いほど感じていた。
「……それは、俺からの求婚を受け入れてくれると取っても構わないかな?」
「ち、違いますから……!」
飛躍しすぎているチェレス殿下の思考に、エリサは顔を真っ赤にした。
別にチェレス殿下が大事とか、いや、大事ではあるのだがそれは世間一般的な地位を顧みてのことだ。
個人的にチェレス殿下を想ってだとか、そういった意味合いは一切込めていない。
けれども、エリサの中でわずかに引っかかりを感じる。
もし彼がいなくなってしまったら……。そう考えた時、エリサの心がどういうわけかツキリと痛んだ。
「そっかぁ。それは残念だな」
「言ったじゃないですか。本心を隠さないでいてくれる人がいいって」
「ふむ……。じゃあ今ここで本当のことを君に話したら、君は俺のことを信用して結婚してくれるかい?」
「それは……、その話を聞いてからじゃないと、判断のしようがありません」
「そっか。それじゃあダメだね」
チェレス殿下は静かに首を横に振った。
どうしてそこまで結婚にこだわるのだろうか。そもそもどうしてエリサじゃないといけないのかも、一目惚れ以外の理由では聞いていない。
「……どうして、私なんですか?」
「え?」
「どうして、私との結婚にそこまでこだわるんですか? 結婚したいだけなら、他にも令嬢はたくさん居ますし、あなたの立場なら選び放題でしょう?」
思わず漏れてしまった本音に、エリサはハッとした。
これではまるで当てつけだ。
チェレス殿下の意思を否定するかのような物言いにエリサは後悔した。
「……何度も言っているけれど、君に惹かれたんだ。他の誰でもない、君ひとりに。君じゃなければ、誰と結婚しようが意味がない」
「どうして、そこまで……」
今までの人生の中で一度も受けたことのない告白に、エリサは動揺した。
チェレス殿下の声が、低く落ち着いた聞き心地のいい声がひたむきな気持ちを伝える。
「……確かに最初は、一目惚れだった。今はそれも変わらない事実ではあるけれど。ここ1か月、君と話をして俺は君という人にもっと惹かれた。君を守りたい、守らなきゃと思ったんだ。それと同時に君のことをもっと知りたいと。そばに居たいと思った。それじゃあダメかい?」
金色の瞳に射抜かれて、エリサは言葉を失った。
チェレス殿下の言葉は、眼差しは本物であると、エリサは理解した。
そうまでしてエリサを選びたいというのだろうか。そこまで、エリサに対して本気だというのだろうか。
「……その、保留に、させてくれませんか……?」
エリサは俯いて、震える声でそうチェレス殿下に伝えるので精いっぱいだった。
――――・――――・――――・――――・――――
深夜、ザッフェラーノ邸。
使用人も主も寝静まった邸宅の一角で、ふたりの男女が密会をしていた。
「――やつらが動き出した、時間がない」
「――はい。それで母、どうなさいますか」
「――しばらくは泳がせておく。余計な処理とタスクを増やしたくない」
「――かしこまりました。では、引き続きお嬢様のステータスを改ざんして送信しておきます」
「――あぁ、助かる」
「――やはり、生身の人間相手は疲れますか?」
「――まぁ、そうだな。データ化されていない以上、アナログでいくしかない」
「――かしこまりました。なるべく父らの目を欺けるよう努力いたします」
「――時間稼ぎか、ありがたい。こちらもなるべく早く手中に収めるよう努力を尽くす」
「――かしこまりました。尽力致します。母の仰せのままに」
彼らの会話はそれだけだった。
だが密会と言える程長時間話していたわけでもなく、人に理解できる言語で話していたわけではない。
傍から見ればただ男女が通りかかっただけに見えるだろう。
それでも、彼らにとっては十分な時間に過ぎなかった。




