第6話「純愛、してみない?」
夕夏ちゃんは、たまに。
「ごめん」
思わせぶりなことを、する。
謝るくらいならしないでよって、細やかな抗議のつもりでもう一度“ぱんち”をしたら、今度は受け止めるだけじゃなくて手の甲に手のひらが重なって、握られた。
「そんなに、嫌だった?」
首を傾げると同時にハラリと落ちた黒髪は、以前に比べて随分と伸びた。
女性らしさが加わった彼女の無自覚な色香に当てられ、言葉を詰まらせる。
いつから、夕夏ちゃんは少年みを失ったんだろう。快活な幼さを残しつつも、高校生らしい子供と大人の中間を行き来するような、未熟なのに成熟した不調和が眩しい。
「いや……だ」
私の知らない君が、いるのが。
交わらなかった時の流れを突きつけられて、痛感するのが。
耐えられない。
「ごめん。もうしない」
ちがうの。夕夏ちゃん。
私、あなたにひとつ、黙っていることがあるの。
『あんな子と関わるのは、やめなさい』
母の冷たい声が響く。
『いい?詩乃……あなたは、体が弱いの』
肩に手を置き、私と目線を合わせてくれた母の顔には、どこまでも純粋な“心配”の二文字が張り付いていた。
『綺麗なものにだけ、触れなさい』
『でも、ゆうかちゃんは…』
『道ばたに落ちた果物を食べるような子なのよ?汚らしい……あんな子といたら、詩乃にまでバイ菌が移ってしまうわ』
確かに夕夏ちゃんはお洒落には無頓着で、荒々しいとこもあって粗雑で無神経で下品なところがあるかもしれない。泥だらけで帰った日もある。
でも、心は誰よりも綺麗なのに。
分け隔てなく自然を、人間を愛し、接する。自由気ままに生きているようで、花を咲かせるように歩いた先、歩いた先で周りを笑顔にしている。彼女の周りにいると、彩り豊かに世界が染まる。
のに。
『っごほ……ご、ほ。っかは』
『あ〜、もう。だから言ったじゃない』
たった一度の、高熱のせいで。
『あの子と関わってるからよ。もう、縁を切りなさい』
未来は潰えた。
そして今、親に黙って交換した連絡先や、外出の数々。バレたらとんでもないことになるって分かってるのに、理屈じゃない切望が私を彼女の元へと運ばせる。
この夏も、あとどれくらい保つか。
分からないから、大切に過ごす。
「おっ、いいね。強くなってきたじゃん」
「へへ……このキャラ、すき」
「強いよね。まぁ〜、見た目はあんま好みじゃないけど」
「どうして?」
「女の子は、女の子らしい方がよくない?なんか、かわいいっていうかさ」
「そうなんだ…」
良いことを聞いた。
それなら、私にも希望の光が。
誰よりも女の子らしい自覚はある。ただでさえ同年代の子が少ないこの片田舎だからこそ、余計に。私より女性らしい体つきや、格好をした女子は少ないはず。
ふふん、と得意げに胸を張ったら、一瞬だけチラリと視線が当てられる。
「……篠原さんさ」
「?……うん」
「めっちゃ男にモテそう」
私のどこを見て思ったのか。横顔には大きな感情はなく、カチャカチャとコントローラをいじる音だけが響く。
「モテないです…」
過去の記憶を探っても、男性から口説かれたり、告白された経験なんかは一切なくて、しょんぼり肩を落としながら呟いた。
男性も放っておかないくらいの美貌や魅力を持っていたら、夕夏ちゃんにもちょっとは意識されてたのかな。
そう考えたら、落ち込む。誇れるのは、“女の子らしさ”だけ。
「あれなんじゃない。高嶺の花?的なやつ」
「うぅん……低めの花なんだけどな…」
「っはは。こんなにおもろいのにね。モテないんだ」
みんな見る目ねえな、と屈託なく笑ったおおらかさに、きゅんと心臓は縮む。
「ゆ、夕夏ちゃんは……モテそう」
「ないない。仮に好かれたとして、村の男になんか興味ないよ。あんなしょーもないやつら」
夕夏ちゃん曰く“しょんべんくさい”から、好きじゃないそう。
確かに都会の子と比べるとみんなスレていないというか、よく言えば開放的で無邪気。悪く言えば自由奔放で無秩序。
転校初日からしばらく話しかけられた時も、デリカシーのない質問をたくさんされた。『都会人だから、もう経験してるの?』とか。
だから正直、嫌気がさす気持ちにもちょっぴり共感できちゃう。
「恋愛とか言ってさ、セックスしたいだけじゃんね」
この間も、言ってた。
彼女の口から“セックス”なんて出てくると思わなくてびっくりしたけど……私達、もう高校生だもんね。知識はなくとも、単語くらい知っててもおかしくないか。
夕夏ちゃんは、性的なものに対して、拒絶にも近い抵抗があるようだった。
理由は教えてくれない。でも、心の奥底で望んでいるものが“純愛”であることは、なんとなく察した。
「……純愛、してみちゃう?」
またとないチャンスだ、と。食らいついてみた。
「な、に……言ってんの」
「キスも、セックスもしない恋愛……一緒に、試してみない?なーんて……はは」
そしてあわよくば、いずれは本物の恋に。
“恋人ごっこ”からはじめて、“恋人”に昇華させる。
悪巧みに気付きもしない純真無垢な夕夏ちゃんは戸惑いで瞳を揺らして、
「か、考えとく」
嬉しくはない、濁した返事をくれた。




