第5話「……ぱんち」
篠原さんって、着痩せするタイプなんだ。
服の上からじゃ気付かなかった豊満さに手首を包まれながら、率直な感想が真っ先に浮かんだ。
ぎゅっと、大切なものを抱き締めるように私の手を離さない彼女は意地の張った子供じみた表情をしていて、そんな顔もするんだと親近感が湧いた。
仲良くなればなるほど、宇宙人から地球人へと印象が変化する。
「……胸、当たってるよ」
「あ……ごめんなさい。わざと」
「わざとかい」
冗談なのか本気なのか微妙な軽口に難なく返して、ゲーム画面に向き直す。篠原さんも何事もなかったかのようにコントローラを手に持った。
「ゲーム負けたらさ」
「うん」
「アイス奢りね」
「え。えー……お小遣い、足りるかな」
不安げに鞄から財布を取り出した彼女は、中身を確認して項垂れた。……金持ちそうなのに、お小遣い少ないんかな。
うちはわりと、働けば働いた分だけちゃんとくれる。身内だから、子供だからって安くしたりしないで、時給もしっかり設定されてる。しかも周りに比べて、高め。
「ギリギリかも…」
「そんな?」
「うん……バイトとか、できなくて。月のお小遣いも固定だから、そんなに余裕なくて。本買ったらすぐ無くなっちゃう…」
「まじかよ。なんでバイトできないの」
「私、体弱いから。……お母さん、心配症で」
「ふぅん」
仮にバイトできるとしても、コンビニか日雇い工場くらいしかないから、高貴な彼女には向いていないかも。と、嫌味なことを考える。
「よかったら、うちでバイトすれば」
どうせコンビニバイトなんてできないでしょ、と心の中で決めつけたお詫びも兼ねて、提案してみた。
彼女は一瞬だけ目を輝かせたけど、すぐに「お母さん許してくれるかな…」と頭を抱えた。厳しい家庭で生まれると、大変そうだ。他人事だから、他人事のように思う。
母親に詳しく話したいというから、簡単な条件を伝えた。募集をかけてる張り紙に書いてある内容、そのままに。
元気で明るく働ける子。うちの親が求めてるのはそれだけ。最低限の礼儀やなんかは、後からついてくる。教えるという寛容さの元、成り立っている。まぁ滅多に応募はないけど。
「わ、私……明るくないけど、平気かな?」
「ははっ。こんだけ対話できてるんだから、充分っしょ」
「ほんと?」
「うん。自信持って。根暗かどうかは関係ないべ」
「根暗って言われた…」
マイナスに捉えた篠原さんの唇が尖る。
すぐそばにあったから、つい。
触ってみたいなー……とか、ぼんやりとした無意識が首を伸ばし、顔を近付けた。
予感を察知した彼女はぱっちりと目を開けた後で、泳いだ瞳を隠すように瞼を下ろす。
あ。乗り気なんだ、とか。
どんな気持ちでそうしたのか、不思議で仕方なくて。頭の片隅に疑問として残ったからこそ、試してみたくて。自分の行動を止めるつもりはなかった。
「夕夏〜、スイカ持ってき」
だけど、重なる前に扉が開いて、後ろへ飛ぶ海老のように背中を反らす。
「ノック!プライバシー!クソババア!」
「なに。別にいいでしょ。友達が来てる時に入るなんていつものことでしょうが」
「そうだけど!」
詰め寄って声を荒げても母親は呆れて吐息するだけで、腹立つからおぼんを奪い取り、さっさと出ていけと足で扉を蹴る。
「詩乃ちゃん、スイカたくさん食べなね〜。こいつに嫌なことされたら、殴っていいから」
「いいから。用が済んだら早く行って!ババア」
「さっきからババア、ババアって……あんたもそのうちこうなるんだかんね」
「分かったから!さっさと立ち去ってくださいお姉さん」
なかなか出て行かない母親を追い出し、バタンと閉めた。
ふたりきりの空間に戻り、スイカの乗ったおぼんを畳の上へ置くと、無遠慮な手が伸びてきて、
「……ぱんち」
スイカを取ると見せかけて、肩パンされた。もはや拳を当てるだけの弱い力で。
唐突すぎて、「なにしてんの……?」と言いかけたけど、自分がしようとしていたことを思い出し、口を噤む。
母の「嫌なことしたら殴っていい」を、さっそく使ったんだろう。理由は単純、多分キスしようとしたのが嫌だったから。
「ごめん」
「ふふ。冗談」
ニッと口の端を広げ笑って、無邪気な一面を見せた篠原さんは、今度こそスイカを手に持ちシャク、と音を鳴らして食べ始める。
「ん……甘い。おいしい」
唇が果汁によって潤う様を、目で追った。
なんでだろう。
目が離せないだけじゃなくて、奥底から込み上がる“何か”によって心を支配されるのは。
たったの一週間も、まだ関わっていないというのに初めて会う感じがしないのは。
普段は信じない運命的なものを、感じるのは。
彼女が持つ魅力故か、それとも――。




