第4話「素敵な女の子だよ」
田舎を訪れて、初めて友達になってくれた空木さん――夕夏ちゃんは、一言で表すなら、男の子みたいな女の子。見た目とか、そういうのではなくて。
第一印象は“わんぱく”や“大胆”で、あのバス停で相変わらず、人目も気にせずお腹が出るのも構わず濡れた顔を拭いていたから、咄嗟にハンカチを渡してしまった。
その後もいきなり人のハンカチを、これでもかってくらいに吸い始めたりと、自由な行動に心が追いつかなくて戸惑いの連続だった。
不思議と、嫌ではなかった。……むしろ、何が起こるかわからないの、たのしい。
「今日さ、ゲームする?」
「え!やってみたい」
「うちにゲーム機あるから、来る?」
いつまでもバス停にいるのは暑いし、という至極真っ当な誘いに応じて、成り行きのまま夕夏ちゃんの家に来た。
彼女のおうちは八百屋さんで、路地に面した店頭に並ぶ色鮮やかな夏野菜に視線を奪われていたら、気さくな女性――夕夏ちゃんのお母さんが「好きなの持っていきな〜」と豪快に笑って声をかけてくれた。
それでは遠慮なく……と選んだのは大好物のトマトで、熟した赤さが食欲をそそる。
「後でスイカ持ってくから。ゆっくりしていきなね」
「は、はい」
「夕夏、変なことすんなよ」
「あーい」
気だるげな返事をして、八百屋の奥へと入り、玄関から廊下、階段へと進む夕夏ちゃんの後をついて歩く。
案内された部屋は思っていたよりも簡素なもので、勉強机に本棚、畳まれた布団と背の低い丸テーブルくらいしか見当たらない。床は畳だ……この質感と香り、おばあちゃんの家と一緒。
座布団を敷いてくれたからそこへ腰を下ろして、ガサガサと棚を漁る背中を眺める。
室内はクーラーが効いていて、快適な温度を保っていた。窓の外には、夏らしい群青とソフトクリーム型の雲が広がっている。
自然豊かな味わいのトマトを頬張りながら、居心地が良くて体から力が抜けていく。ほんのり甘くて、酸っぱくて、瑞々しくておいしい。
田舎の大自然で過ごしていると、灰色のビル群の中で生まれ育ってきたのに、懐かしさを感じるのはどうしてだろう……?
「なんのゲームやるー?」
「えっと……何があるの?」
「色々あるよ。見てみ」
「うん」
トマトで汚れた手を拭いて、四つん這いで隣へ行き、彼女が手にしているゲームの数々に視線を落とす。
「これは格ゲー。んで、こっちが…」
ひとつひとつ説明してくれたけど、そもそも“かくげー”って何?というところでつまづいて、あまり意味はなかった。
それよりも気になってしまうのは、顔の近さで。
ちょっと動けば触れてしまいそうな、きっとリップも塗っていないんだろう唇は淡い赤色をしていて、乾いているのが見て分かった。
手入れもされてない、女の子らしくないガサツさが、どうしてか好ましい。
私には、無いものだから、かな。
「ん……?なに見てんの」
余裕ある、距離の近さなんて何も気にしていない口調と瞳が私に向いて、首が傾く。
「なんかついてる?」
「う、ううん」
「それか、もしかして……キス、意識してたとか」
ドキリ、と。
図星を突かれた気分で、焦る。
「っち、ちがう。そんなわけ」
「ふはっ。つって。女同士でありえないか」
あっさり自己完結した彼女はオススメだというゲームのカセット?を本体に接続して、コントローラで何かを設定していた。
夕夏ちゃん。
別にありえなく、ないよ。
あり得るよ。
だって、私は――
「はい。これでもうできるよ」
「あ……ありがとう」
「いーえ。好きなキャラ選んで。対戦しよ」
「争いは、苦手…」
「はは。じゃあ、チームプレイにしよっか。相手をボコしたら、うちらの勝ち」
それじゃあ結局、争ってるんじゃ……?
些細な疑問は置いておいて、勧められるがまま好みのキャラを探す。内面が分からないから、外見だけで判断した。
選んだのは褐色肌の少年みたいな少女で、「いいね。そいつ強いよ」と期待値が上がることを言われた。
ボタンによって攻撃方法が違うと、一個一個教えてくれる。案外、こういうところは雑じゃなくて丁寧なんだ。
「ま、困ったらひたすらパンチすればいいよ」
「ぱんち……」
「暴力的なのは、お嬢様には合わないかな?」
「お、お嬢様じゃない」
「ははっ。見た目、めっちゃ金持ちの令嬢って感じだけどね」
そんな風に思われていたんだ、と内心ショックを受けた。
一線を置かれている雰囲気が、かなしい。私はそういうの関係なく、もっともっと仲良くしたいのに。
それに、前に通っていた高校でも、言われた。
『お高く止まってんじゃねえよ』
って。
「……お嬢様は、きらい?」
不安になって、伺う仕草で夕夏ちゃんを見た。
彼女も私を見て、しばらく見つめ合った後で、
「好きだよ」
心臓に、直接響く嬉しい言葉をくれた。
「でもなんか、申し訳なくなっちゃうかなぁ〜」
「どうして?」
「こんなんと仲良くして、親御さんに怒られちゃうんじゃないかってさ」
「そんなこと言わないで」
珍しく暗いことを言うから、思わず。
「夕夏ちゃんは、素敵だよ」
相手の手を取って、引き寄せた。
「素敵な、女の子だよ」
必死な私に、彼女は大きく目を見開いていた。
この想いが伝わればいいのに、と。ただ願うばかりだった。




