第35話「田舎の女、都会の女」
口説いてきた女と、恋人の前で楽しそうに笑うなんて、どうかしてる。
って、怒ってた。最初は。
「わぁ……!見て、色が変わるよ!夕夏ちゃん」
「ははっ。すごいべ」
「うん!」
でも、華やかに夜を彩る花火達を前に、怒りなんて不要な感情は浄化されていった。
終わる頃には、何もかも。
暗闇の中、独創的で美しい火花を散らす線香花火を眺めながら、気が付けば打ち解けていた。壮大な自然と、人工物が生み出すちっぽけな光の前では、どうでもよくなっちゃった。
それに、夕夏ちゃんが、
「詩乃ちゃんは、ほんとにかわいいね」
「や、やめてよー……人前で」
「だって、かわいいんだもん。仕方ねえべや」
「も、もう。すき…」
人目も憚らず肩を抱いて、私だけを見つめて、何度だって口説き落としてくれるから。
たとえ夕夏ちゃんママやパパから生温かい目でニコニコされ、秋夜くんから「お姉ちゃんがきめえ」とケラケラからかわれても。
もう、なんにも心配いらない。
他人のことなんか、気にならないくらい。愛情で満たされている。
「……私の部屋、使います?」
溢れそうな欲を押さえ込んでいたら、見かねた後輩ちゃんからの提案があった。
聞けば、彼女はひとりっこで親が共働き。日中は仕事で絶対に帰らないから、音も何も気にせず部屋で過ごせる環境らしい。
夕夏ちゃんの方を向いて目線の動きのみで確認したら、困った顔で頬を掻いた。
「いやー……なんか、裏がありそう」
「ひどい。そこまで性悪じゃない。ただちょっと、覗き見したいだけで」
「誰が借りるか!油断も隙もねえな」
「冗談だっぺよ。ま、ふたりがどうしてもって時は家空けるから、いつでもどーぞ」
「行かねえよ!」
と、息巻いて、余裕ぶっていたのも数日前の話。
「詩乃ちゃん……っ詩乃ちゃん」
「ぅ、あ。だめ、人来ちゃ、う。から…」
「だってもう、我慢でき」
「夕夏〜!飯!手伝え!」
「っっっ……く、そ。わかったよ!」
私達が存分に愛を育める場所は限られていて、スクーリングの時に行った駅前まで行かないと無いに等しい。
初体験を済ませたバス停も、完全に集中できるかと聞かれたら、夕夏ちゃん理屈で“中”判定でも実際は外なので当然むり。
そういうことだけが全てじゃないって分かってるけど、本能的に湧いてきちゃうものは抑制しようがない。
ハグやキスでも充分なはずなのに、一度知ってしまった深さを堪能したいと、体が火照る。
「……借りちゃう?」
ついに限界を迎えて、軽いノリで私から誘惑した。
夕夏ちゃんはこれまで見たこともないほどの葛藤に唸って、拳を握りしめ、瞼を深く下ろした。
「い……」
「い?」
「行か、ない」
「おぉ……耐えた」
ギリギリ、本当にすんでのところで踏みとどまった彼女は、私だけでなく後輩ちゃんのことも気遣っていて、
「仮にも、片想いしてた相手だよ。口ではなんて言ってても……つらいでしょ。実際、見ちゃったらさ」
「そっかぁ…」
優しいなぁ、夕夏ちゃんは。
私はむしろ、最後のトドメを刺してあげたかったのにな。自分は入り込めないんだと、心をへし折ってやりたかった。
そして、あわよくば夕夏ちゃんの前から消えてもらいたい。
……許せるわけ、なかったや。
一瞬でも奪おうとした、忌々しい存在を。
「てか、そうだ」
「ん?」
「明日は地元祭りあんだ。一緒に行く?」
「行く!」
話を逸らしてくれて、よかった。危うく、恨み言をぶつけちゃうところだったから。
心は広くありたい。寛容でいたい。
のに、うまくいかない。
「……あ。」
次の日のお祭り、後輩ちゃんを見かけた。
彼女は何食わぬ顔で、男と仲良さげに腕を組んで歩いていた。
「新しい、彼氏さんかな」
「んー、わがんね。そうじゃないの」
私が声をかけたことでりんご飴をかじっていた夕夏ちゃんも気付いて、興味なさげに呟いた後で、穏やかに目を細くした。
「まぁでも、よかった。……幸せそうで」
ねぇ、夕夏ちゃん。
私の前で、他の女に、そんな顔しないで。
その豊かな情の深さが彼女の心を射止めたのなら、あなたの持つ感情全て、私が享受していたくなっちゃう。
誰にも取られないように、願っちゃうの。
「……嫌じゃないの?あんなにすぐ、乗り換えられて」
「ははっ。田舎の恋愛なんてこんなもんだべ。みーんな尻軽ばっか…」
「私との恋愛も?」
こんなものなの?
と、焦燥を声色に乗せる。
大きな瞳の形をした夕夏ちゃんは、呆気に取られながらも首を横に振った。
「んなわけ、ねえべな」
「だって、軽いのが田舎の恋愛なんでしょ?」
「なに言ってんの。詩乃ちゃんは都会の……」
あ、まずいって顔をして、口元を覆う。そんな恋人を、虚しく見つめる。
「都会の……なに?」
「い、いや」
「そうだよ。どうせ、私は余所者だよ」
今さら、変えられない事実なのに。慣れてると、思ってたのに。
なんでこんなにも、イラつくかな。
「簡単にヤらせてくれる田舎の女より、簡単に股開かなそうな都会の女が良かった?」
「っちが」
「夕夏ちゃん、ゲームの難易度も高いほうが好きだもんね。攻略が難しい方が好みだった?」
「違うって!」
「純情したいって、言ってたもんね。ごめんね!こんな、痴女みたいな女でさ!」
「は?そ、そんなこと思ったこともねえべな!私は純粋に詩乃ちゃんが」
「どうせ、私が最初から田舎に生まれてたら好きにならなかったくせに!」
自覚の、外側。
そんな風に傷付いてたんだと気付いたのは、夕夏ちゃんだけじゃなくて、私も。
「詩乃ちゃ」
いつもなら喜んで受け入れられる温度の高い手も、鋭利な刃物のように怖くて、後ずさった。
刺したのは、私なのに。
嫌なことを言ったのは、自分なのに。
「っ……最低」
被害者面で、逃げた。
空には花火が打ち上がっていた。
都会では見ることのできない、小さな光の花が。




