第34話「そんな事より花火しよう」
連日。
「いい加減、教えろよ」
「なにを」
「お前の彼氏!誰と付き合ってんだ」
「しつけえな、言うかよ」
「付き合ってんのは認めんだな?」
うざったい詮索がつきまとって、せっかくの遊びが台無しだった。
今日も、蓮池でドジョウ掬いをしてるところへ男子数人がやってきて、混ざってきたと思ったら、これだ。
「私が誰と付き合おうが関係ねえべ。聞いてくんな、きもちわりい」
「そうだけどよ…」
「夕夏って鈍いんだな」
「あ?」
「こいつ、お前のこと好きなんだべ」
「っおま!ばか。言うなよ」
やたらしつこい理由を知って、さらに辟易する。思わず顔にツバを吐きかけてやりそうになった。
「お前なんか興味もねえべな。諦めて他のやつ口説いてろ」
「なっ……こ、告白してもねえのにふんなや!」
「知らねえよ。だりいなぁ」
今年の夏はモテ期とやらでも来たんか、男からも女からも好かれるなんて、みんないったいどういう風の吹き回しなんだろう。
詩乃ちゃんという素敵な恋人がいるのに、他のやつになんか微塵の魅力も感じなくて、適当にあしらってドジョウを元いた場所に放った。
草の生えた地面をよじ登り、池から脱出したら、靴だけ持って裸足のままさっさと走り去る。
「ただいまー……っと」
泥だらけの足を店裏の蛇口で流して、ついでにすっかり忘れていたザリガニの様子を観察した。何匹かは、共食いの影響か死んでしまっていた。
「そろそろいけっぺ」
「なにが?」
まさか、こんなとこにまで来るとは。
嫌な気持ちを隠さず顔に出して見上げると、独り言を拾った後輩女がにこやかに立っていた。
「……なんの用っすか」
また詩乃ちゃんに勘違いさせてもやだし、他人行儀に声を出す。視線は、またザリガニに戻した。
後輩はすぐ隣にしゃがみこんで、バケツの中身を覗いてくる。詩乃ちゃんと違って、彼女も田舎育ちだからか抵抗はないようだった。
脳裏に浮かぶのは、ザリガニの暴れ回る尻尾が水を飛ばすたび、キャッキャウフフと上品に騒ぐかわいいかわいい彼女の姿で。
「付き合えんよ。わりいけど」
言われる前に、牽制しといた。
「どうして?」
「……愛してっから。詩乃ちゃんのこと」
「周りに言い触らしても?」
水の中で、チョンチョンとザリガニをつついていた手を止める。
横を見れば、笑みを深めた生意気さと目が合った。
「こんな田舎で、レズだなんて広まったら困っペ。さすがの夕夏ちゃんも」
「……そんなん脅しじゃんか」
「二番目でもいいよ。付き合ってくれるんなら」
「付き合えねえってば。しつこいな」
「じゃあ、セフレでも」
詩乃ちゃんと、同じ。
整えられていて泥ひとつない爪先が、膝を触る。
「溜まってんだべ、どうせ。あの女、お高く止まってあんまヤラしてくんないんじゃない?」
「は……?」
「うちだったら、いつでも相手できるよ」
誘惑よりも、何よりも。
「いいよ」
「え!じゃあ」
「広めろよ。好き勝手」
恋人を、悪い風に言われたことが許せなかった。
感情的になって、後で後悔するかも分からない発言を平然と言い放った。後輩は、驚きすぎて息を飲んでいた。
膝を支えながら腰を上げて立ち上がり、追い詰めるように女の背後にあった壁に手をつける。
「やってみろよ」
今まで出たことがないくらいの、唸る低音で威嚇した。
「どんなに後ろ指さされたって、陰口叩かれたって、噂されたってな、詩乃ちゃんと生きていくって決めてんだわ」
彼女を愛した時点で、そんなのとっくに覚悟はできてる。必要なら、逃避行でもなんだって。
神であろうと、私達の幸せを壊すことは、できない。
「それに……お前も、困んべ。バレたら」
こっちも同じ手札を持っているぞ、とジョーカーの絵柄を暗に見せつけた。
後輩の子はひどく怯えていて、目に涙を溜めたのが可哀想で、熱くなりすぎたと深く呼吸して相手の頭にポンと手を置く。
「言わないから。お互い、内緒ね」
口の前で人差し指を立てれば、泣きながらも何度か頷いてくれた。
「幸せになりな。……簡単に、セフレになるとか言うなよ」
「っ……ごめん、なさ」
「いいよ。ザリガニ食う?」
「うん…」
「食うんかい」
どんな神経してんだよ、と思ったけど恋人がいる相手を略奪しようとする図々しさだから、変に納得してしまった。
田舎は、狭いから。
些細なことは許し合っていかないと、生きづらくなる。……生きづらくさせてしまう。
だから、許した。許された。
「先輩のザリガニおいしい…」
「だべ?うまいべ」
「……夕夏ちゃん」
「ん?」
「さすがに、目の前では嫌なんだけど。複雑」
「え。なんの話」
「浮気の話」
「っし、してないよ!するわけない」
晴れて失恋した後輩も誘って、その日の夜は豪勢にも私が振る舞った。もちろん、家族もいる。
詩乃ちゃんは説明しても睨んできて、ザリガニはお気に召したのかちまちまと食べ進めていた。後輩は、ズルズルすする。
「はいはい。修羅場はまた今度ね。今日は花火買ったから、みんなでやるよ」
「花火……だと」
「線香花火は最後、勝負な!俺、負けねえぞ〜」
「お父さん、じっとしてらんないから雑魚じゃんか」
「こら、夕夏。ほんとのこと言わないの」
「はーい」
夏の仲直りは、花火と相場が決まっている。……我が家は。
だから、みんなで手持ち花火をした。家の前で。
最初は不機嫌だった詩乃ちゃんも、慣れない遊びの連続で楽しくなったのか、途中からはいつもの笑顔を取り戻していた。
後輩も、私のことは完全に諦めてくれたようだ。隙を見て、詩乃ちゃんに謝っていた。詩乃ちゃんも詩乃ちゃんで、そんなことより花火しようと盛り上がっていた。
平和な日常は、いつまでも続く。
じんわり存在を大きくする、欲求不満だけを残して。




