第32話「素直じゃない」
「夕夏〜、友達来てるよ」
お風呂上がり、リビングから顔を出した母に伝えられた。
隣を歩いていた詩乃ちゃんと顔を見合わせて、「誰?」と聞いても「知らん」と返ってきたから、ひとりで外へ出た。
まだ髪も濡れた状態で、首にタオルをかけた雑な私を見てすぐ、
「夕夏ちゃん」
後輩の女の子が、笑顔で駆け寄ってきた。
「えっ……どうしたん。こんな夜に」
「会いたくて。来ちゃった」
「お、おう。そうか…」
すごい行動力だなと感心しつつ、戸惑う。だって彼女とは、あの告白以来なんにも接点が無かったから。
てっきり、諦めたんだとばかり。
予想は大きく外れて、「連絡したのに」と不貞腐れていたからポケットからスマホを取り出して見てみれば、確かに通知が溜まっていた。
「ごめん。全然、気付かなかった」
「大丈夫だよ。お風呂入ってたんだよね?」
「ん?うん、まぁ…」
興味がなくて、無視しちゃってただけなんだけど……正直に言ったら傷付けちゃうか。
「お風呂上がりの先輩……かわいい」
相手を気遣う親切心が働いてたのは、ここまで。
髪に触れようとして伸ばされた手から逃げるため、顔を後ろへ引いて手首を掴み持った。
詩乃ちゃん以外に気安く触られたくなかったのと、こんなところを見られたら、恋人に深い傷を与えてしまうかもしれないという危惧から。
思考の余地もなく、体が動いていた。
「やめて」
「え、せんぱ」
「付き合ってる人、いるから。やめて」
関わりの薄い後輩と、愛してやまない恋人。どちらの方が大切で、傷付けたくないかと聞かれるまでもなく答えは決まっている。
瞳が曇り、沈んだ表情を目の当たりにして、胸が痛まないかと聞かれれば、そりゃ痛い。ごめんって、罪悪感も湧く。
でも、詩乃ちゃんを悲しませるよりは、マシだ。
「ごめんけど、諦めて」
「……いやです」
「君とは付き合えない」
「じゃあ、最後にデートしてください」
「へっ?」
往生際が悪い後輩は、ここに来て“一生のお願い”という強力なカードを手札から出してきたけど、譲るわけにはいない。
「む、むりだよ。私には恋人が…」
「デートするだけ!」
「だめだって!」
押し問答を繰り返して、数分。
「……わかりました。ごめんなさい」
ようやく諦めて踵を返した相手にホッと胸を撫で下ろして、こんな思いは二度とゴメンだ、と去りゆく本人を前にブロックする。
田舎の人間関係なんて、親密そうで希薄で、人の恋心もいずれは移り変わる。だから大丈夫。……な、はず。
自分に言い聞かせながら部屋へ戻ると、窓の縁に肘を置いて外を眺めていたらしい詩乃ちゃんが、「おかえりなさい」と振り返った。
「ただいま」
「なに話してたの?」
「あ……」
見てたんだ。
「実は、前に告白してきてくれた女の子で」
やましいことは何もないから、包み隠さず全部を話す。デートに誘われたことも、ちゃんと断ってブロックしたことも。
詩乃ちゃんは何を考えてるのか、冷めたようにも映る瞳の形で、「ふぅん」と鼻を鳴らした。
「別に、デートしてきてもよかったのに」
「え」
まさかの発言に、喉から驚きが漏れた。
「な、なに言ってんの。しないよ」
「朝も、言ったじゃない。浮気しても、大好きだよって」
「っし、しないってば」
私は、詩乃ちゃん一筋なのに。
突き放されたことを言われて、寂しいよりも虚しい。
許容されるくらいなら、禁止されたい。自由もなく束縛された方が、寛容でいられるより幾分も嬉しいまである。
だって、他のやつに取られてもいいってことじゃんか。
そのくらい、軽い気持ちってことなの?
「し、詩乃ちゃんは、私のこと好きじゃないの?」
「ううん。愛してるよ」
「じゃ、じゃあ、止めてよ」
「……重い女って、思わない?」
「思うわけない!」
何を言ってるんだ君は、と至極当然に否定したら、照れと拗れが唇の先でツンと表される。
その表情ひとつで、ほんとは嫉妬してたんだって察した。
詩乃ちゃんは自分の肩を抱きしめて、うずくまる。頼りなく小さくなった恋人を守ろうと、そばへ行って包み込んだ。
「信用してない……わけじゃないの」
「うん」
「むしろ、信用してるから、止めたくないというか。別に、いいというか」
「……ほんとは?」
「やだ」
即答されても苦笑すらせず、ただ愛おしく微笑んだ。
「私だけが、いい…」
「バカだなぁ。心配しなくても、詩乃ちゃんだけだよ」
「……うん。どこにも行かないで」
「行かないよ。ずっとそばにいる」
素直に曝け出してくれたことが嬉しくて、舞い上がって、その場で服を脱がせた。
親が来るとか、どうでもよくなっちゃって。
「ほんと。ほんとにかわいい。詩乃ちゃん…」
「んっ……や、見られ、ちゃうよ?」
「いいよ、もう。見せちゃお」
「ゃ、う……はずかし…い」
羞恥で頬を赤らめるわりに、体は素直に昂ぶって先を求めている矛盾さえかわいくて、慈しんでキスを落とす。
まぁ、ただ。
「……ごめんけど、気まずい」
「すみませんした!」
この後、母親からチクリと苦言を呈されたのは、言うまでもない。




