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君と熟れた夏  作者: 小坂あと
前編

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第3話「お友達から」







「おかあ。これ買って」


 帰宅後、さっそく篠原さんが使っている柔軟剤の画像を母親に見せたら、


「そんな高いの買えるわけないでしょうが。欲しいなら自分のお小遣いで買いなさい」

「自分で買ったら、他の人の洗濯に使わないでね。もったいないから」

「もう!めんどくさい。そんなん言うなら自分でやんな」

「えー……」

「“えー”じゃない!お母さんそこまで暇じゃないの!」


 怒られてしまった。


 不貞腐れた態度を足音に響かせて、階段を上がる。そのまま自室へ籠もった。


 気晴らしに持ち運び型のゲームの電源をつけて、お気に入りキャラを選択し、高難易度の敵をバンバン投げ飛ばしていく。


 爽快な演出にいくばくかストレス発散できた辺りで、ピロンと通知が鳴った。


『今日、ありがとうございました』


 篠原さんからだ。


 柔軟剤の会話をした後、連絡先について確認したら「許可を貰えたから」と無事に交換できた。わざわざ許可を得ないといけないのは、ちょっと生きづらそうだ。


 ゲーム機を畳に置き、スマホを手に取る。


『こちらこそ。ありがと』


 メッセージを送ると、数秒と経たず既読がついた。


『次は、いつ会えますか?』


 予想もしない、相手からのお誘い。


『会いたいです』


 さらに、追い打ちをかけてくる素直さ。


 カレンダーを見れば、予定なんかない。バイトは家の手伝いだから融通が効くし、友達と遊びの予定を細かくは立てないタイプ。いきあたりばったり、自由気ままが好きだから。


 会いたくなれば、会う。――田舎も都会も、そこは変わらないのかもしれない。


『いつでも会えるよ』

『じゃあ、明日』

『あそこでいい?』

『はい!待ってます』


 トントン拍子に決まる。全て伝えなくても、1か2伝えればいい気楽さは、めんどくさがりな私にとっては非常に助かった。


 篠原さんは、頭がいいんだ。だから、会話も察しよくスムーズに進む。


 勉強ができない私とは、大違いなんだろうな。学校でも、休み時間に本を読んだり自習していたりと努力家っぽい一面を、思い返せば見せていた気もする。


「篠原さんは、勉強が好きなの?」


 翌日、また昼過ぎに合流した私は、話題がてら質問してみた。


「ううん。…きらい」


 みんなには内緒ね、と唇の前で人差し指を立てた彼女は茶目っ気ある表情で、眉を垂らした。


 意外な返答に、私もつられて笑う。


「嫌いなのに、やるんだ。えらいね」

「……他にすることがないの」

「あー…」


 田舎ならではの悩みだと思う。都会から来た篠原さんだからこそ、余計に何もない退屈さがしんどいんだろう。


 そこで勉強へ行けるのは強さで、堕落しがちな私はゲームやら漫画やら。すぐ、娯楽に逃げてしまう。地元の友達は、手っ取り早く悦楽を得られるからと彼氏を作る子も多い。


 私は興味がなかった。……むしろ、嫌悪していた。


 だって、恋愛というより、色欲。


 七つの大罪さながら、恋なんて清いものが存在しないこの田舎で、篠原さんは穢れを一切感じさせない純真さで微笑む。


「……みんな、暇潰しに何してると思う?」


 ふと。


「うーん……なんだろう?」


 歪ませたくなった。


 川のせせらぎよりも透明で透き通った君に、青春とは名ばかりの、色とりどりの情欲を。


「セックス」


 黒い感情が滴り落ちた水面は揺れ、濃い茶色の瞳に反映される。


「田舎は、やることがないからさ」


 野花を平然と踏み潰す人間のエゴを、隠さず。


「みーんな、やってるよ」


 田舎に堕ちた天使を、引きずり込もうと“常識”あるいは“慣習”を味方につけた。


 篠原さんは「あ、う」と艶のある唇を開いては閉じ、長いまつ毛を引き連れて瞼を伏せ、困惑で高ぶる胸元に手を置いた。


 加虐心と表現するには、あまりにも優しい温度が心臓には宿り、いじめたいのに抱き締めたくなる窮屈さが喉を締める。


「み、みんな……大人、なのね」

「……ね。私には、分かんないや」


 何がいいのか。


 同級生のひとり、仲良くしていた女の子はそのせいで身篭り、高校入学を断念してひとり親となった。妊娠させた男は、今も平然とこの村で、私の通う学校で新しい彼女と子作りに励んでいる。


 胸糞悪い話だ。


 だけど、悲しいことによくある話でもある。


 娯楽のない閉鎖的な空間。若さを持て余した男女が迎える結末はひとつ。


「私も……分からない、や」


 そういうのとは無縁そうな篠原さんは、イメージ通り純潔を維持しているみたいで、困り果て甘苦く笑った。


「まず恋愛より、お友達からがいいな…」


 溢した切実な本音を拾って、飲み込む。


「じゃあ、さ」


 今思えば、これがはじめの一歩だった。


「友達に、なろうよ」


 清いフリして邪な熱情を抱えた、夏の始まり。


 私は、都会から来た侵略者を受け入れ、握手を交わした。


 触れた手のひらは、夢心地のようにふわふわだった。



 




 

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