第3話「お友達から」
「おかあ。これ買って」
帰宅後、さっそく篠原さんが使っている柔軟剤の画像を母親に見せたら、
「そんな高いの買えるわけないでしょうが。欲しいなら自分のお小遣いで買いなさい」
「自分で買ったら、他の人の洗濯に使わないでね。もったいないから」
「もう!めんどくさい。そんなん言うなら自分でやんな」
「えー……」
「“えー”じゃない!お母さんそこまで暇じゃないの!」
怒られてしまった。
不貞腐れた態度を足音に響かせて、階段を上がる。そのまま自室へ籠もった。
気晴らしに持ち運び型のゲームの電源をつけて、お気に入りキャラを選択し、高難易度の敵をバンバン投げ飛ばしていく。
爽快な演出にいくばくかストレス発散できた辺りで、ピロンと通知が鳴った。
『今日、ありがとうございました』
篠原さんからだ。
柔軟剤の会話をした後、連絡先について確認したら「許可を貰えたから」と無事に交換できた。わざわざ許可を得ないといけないのは、ちょっと生きづらそうだ。
ゲーム機を畳に置き、スマホを手に取る。
『こちらこそ。ありがと』
メッセージを送ると、数秒と経たず既読がついた。
『次は、いつ会えますか?』
予想もしない、相手からのお誘い。
『会いたいです』
さらに、追い打ちをかけてくる素直さ。
カレンダーを見れば、予定なんかない。バイトは家の手伝いだから融通が効くし、友達と遊びの予定を細かくは立てないタイプ。いきあたりばったり、自由気ままが好きだから。
会いたくなれば、会う。――田舎も都会も、そこは変わらないのかもしれない。
『いつでも会えるよ』
『じゃあ、明日』
『あそこでいい?』
『はい!待ってます』
トントン拍子に決まる。全て伝えなくても、1か2伝えればいい気楽さは、めんどくさがりな私にとっては非常に助かった。
篠原さんは、頭がいいんだ。だから、会話も察しよくスムーズに進む。
勉強ができない私とは、大違いなんだろうな。学校でも、休み時間に本を読んだり自習していたりと努力家っぽい一面を、思い返せば見せていた気もする。
「篠原さんは、勉強が好きなの?」
翌日、また昼過ぎに合流した私は、話題がてら質問してみた。
「ううん。…きらい」
みんなには内緒ね、と唇の前で人差し指を立てた彼女は茶目っ気ある表情で、眉を垂らした。
意外な返答に、私もつられて笑う。
「嫌いなのに、やるんだ。えらいね」
「……他にすることがないの」
「あー…」
田舎ならではの悩みだと思う。都会から来た篠原さんだからこそ、余計に何もない退屈さがしんどいんだろう。
そこで勉強へ行けるのは強さで、堕落しがちな私はゲームやら漫画やら。すぐ、娯楽に逃げてしまう。地元の友達は、手っ取り早く悦楽を得られるからと彼氏を作る子も多い。
私は興味がなかった。……むしろ、嫌悪していた。
だって、恋愛というより、色欲。
七つの大罪さながら、恋なんて清いものが存在しないこの田舎で、篠原さんは穢れを一切感じさせない純真さで微笑む。
「……みんな、暇潰しに何してると思う?」
ふと。
「うーん……なんだろう?」
歪ませたくなった。
川のせせらぎよりも透明で透き通った君に、青春とは名ばかりの、色とりどりの情欲を。
「セックス」
黒い感情が滴り落ちた水面は揺れ、濃い茶色の瞳に反映される。
「田舎は、やることがないからさ」
野花を平然と踏み潰す人間のエゴを、隠さず。
「みーんな、やってるよ」
田舎に堕ちた天使を、引きずり込もうと“常識”あるいは“慣習”を味方につけた。
篠原さんは「あ、う」と艶のある唇を開いては閉じ、長いまつ毛を引き連れて瞼を伏せ、困惑で高ぶる胸元に手を置いた。
加虐心と表現するには、あまりにも優しい温度が心臓には宿り、いじめたいのに抱き締めたくなる窮屈さが喉を締める。
「み、みんな……大人、なのね」
「……ね。私には、分かんないや」
何がいいのか。
同級生のひとり、仲良くしていた女の子はそのせいで身篭り、高校入学を断念してひとり親となった。妊娠させた男は、今も平然とこの村で、私の通う学校で新しい彼女と子作りに励んでいる。
胸糞悪い話だ。
だけど、悲しいことによくある話でもある。
娯楽のない閉鎖的な空間。若さを持て余した男女が迎える結末はひとつ。
「私も……分からない、や」
そういうのとは無縁そうな篠原さんは、イメージ通り純潔を維持しているみたいで、困り果て甘苦く笑った。
「まず恋愛より、お友達からがいいな…」
溢した切実な本音を拾って、飲み込む。
「じゃあ、さ」
今思えば、これがはじめの一歩だった。
「友達に、なろうよ」
清いフリして邪な熱情を抱えた、夏の始まり。
私は、都会から来た侵略者を受け入れ、握手を交わした。
触れた手のひらは、夢心地のようにふわふわだった。




