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君と熟れた夏  作者: 小坂あと
前編

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第28話「1年ぶりの再会で」









 若いカップルが、一年ぶりに再会してすることといえば。


「あっ……すごい。もうこんなに…」

「へへっ。まだまだ、こんなもんじゃないよ」

「きゃ、んっ。だめ、そんなにしたら…」


 ザリガニ釣りである。


「服が汚れちゃうよ……!」

「ははは!服なんて汚してナンボだべ」

「やんっ、もう!泥がお口にも入っちゃうから。やめて」

「活きがいいなぁ、こいつ」


 元気よく尻尾を跳ねさせて、その時に飛ぶ水にいちいちビビる詩乃ちゃんは、珍しくちょっと怒っていた。


 白いワンピースが台無しだと眉を寄せる相手に、そんなん着てくる方が悪いと開き直って笑う。不服そうにするものの、「確かに」と最終的には納得していた。


「こんなに捕まえて……どうするの?」

「泥抜きして食うべ。よく茹でて、パスタにするとうめんだ」

「エビみたいな感じ?」

「いや。エビよりうまいよ」

「え。気になる…」


 バケツの底が埋まるほどの数を手に入れて、ご機嫌で帰宅。


「泥だらけにすな!ばか!」

「あだっ…」


 母親にはゲンコツ一発分叱られたけど、脱いで洗濯機に投げ入れたら文句を言いながらも回してくれた。ついでに、詩乃ちゃんの分もお願いした。


 家の裏、作業場の裏口から出てすぐのところにある蛇口からバケツに水を溜めて、定期的に入れ替えて泥抜きをする。実際に食べられるのは、数日後だ。


 だからそれまでは、普段通り。


「お姉ちゃん、勝負だ」

「おう。望むところよ、弟よ」

「私もいーれーて」

「いいけど、手加減しないよ?」

「ふふん。この一年でたくさん練習したもんね」


 会ってなかったのが嘘のように、何もかも普通で。


 私の部屋に集まって弟と三人で対戦ゲームをした。詩乃ちゃんはドヤ顔してたわりに雑魚すぎて、私達兄弟にボコられて拗ねていたり。弟は弟で私に勝てなくて口悪く怒ったり。


 優越感に浸って笑ってる間に負けちゃって、気を落としたり。


 とにかく、平和で。


「ん……あ?」


 笑い疲れて寝ていた私が目を覚ましたら、重さがふたつ、体に乗っかっていた。


 右からも左からも抱きつかれて、下手に動いたら起こしちゃうから寝返りを打つことも起き上がることもできず、しばらく天井と冷めた視線を交わして過ごした。


 平穏とは、まさにこのことだ、と。


 両手を広げて喜んだ。まだどこか、夢を見てるみたいで信じられないまま。


「……詩乃ちゃん」


 寝て覚めてもちゃんとそばにいる愛しい存在に声を掛けると、眠りが浅かったのか朦朧とした瞼が上がる。


 焦点が合わない瞳と目を合わせて、じわじわと現実へ戻ってきた彼女は、砕けるように微笑んだ。


「ん、ふふ。ねてた」

「……おはよ」

「おはよ。……あ。秋夜くんも寝ちゃってる」


 僅かに上半身を起こした詩乃ちゃんは弟の寝顔に気付き、柔和に目を細めた。


「かわいー…」


 慈しむ声で頬をつつきながら褒めるから、実の弟相手でも許せないくらい嫉妬して、


「詩乃」


 後頭部を掴んで引き寄せた。


「だ……だ、め」


 でも、弟の前だからと赤くなった顔を逸らされてしまった。


 こういう時に、自覚する。実感する。


 私達は友達じゃなくて、恋人なんだって。


 この一年、別れ話はしてないから私の中ではまだ交際は継続していて、だからこそ告白も断ったし一途に想い続けてた。


 そうでなくとも、詩乃ちゃん以外を愛することなんて、今世ではありえない。


 相手はどうか、分かんないけど。


 聞きたいことは、たくさんある。やりたいことも、もちろんたくさん。


「……あとで、ね」


 不安を掬い上げる、羞恥に濡れた声色が耳に届いた。


 秋夜、早く起きないかな。……叩き起こそうかとも過ぎったけど、安心しきった寝息を聞いて盛り上がる気分を落ち着けた。


「秋夜〜、夕夏、詩乃ちゃん。近所の人がケーキくれたけど、食べる?」

「食う」

「いただきます」

「……けーき、だと」


 タイミング良く母が来て、寝ていたはずの秋夜がパッチリ目を開けた。


「ははっ、お前……食い意地」

「だってケーキだぞ」

「先行ってき。やっぱお姉ちゃん後で食うわ」


 ようやく人の重さから開放されて、清々しい気分で腕を目一杯、上へ伸ばした。


 ……ケーキ食べるって言ってたし、もう来ないよな?


 念のため扉の外を覗いて、母と弟がリビングへ行ったことを確認する。ちゃんといなくなってた。よかった。


 多分、ケーキの後は談笑が始まるはずだから、束の間のふたりきり。


「どう、する?」

「ど、どう、って?」

「や……多分、誰も来ない、けど」

「そ、そっか…」


 気まずい空気を打破するため、乾いた口からつばを飲み込んで、相手の頬に向かって震える手を近付ける。

 

「……き、キスだけ」

「う、うん。キスだけ、ね」


 許されたから、唇を奪って。


「んぅ……は。夕夏、ちゃん」

「な、なに……?」

「ほんとに、キス……だけ?」


 皆まで言わない慎ましいおねだりの仕方に、きゅうと心臓は潰される。


 一年も会えなかった恋人同士が、密室ですることは、ひとつ。


「っあ、ん…」

「す、ごい……もう、こんなに」

「や……っ。だめ。そんなに、したら…」

「ごめん。まだまだ……こんなんじゃ、終わんないよ」


 空白の日々を、塗り替える。


 息を潜めてひっそりと、求愛に明け暮れた。 









  

 

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