第27話「サプライズのつもりで」
久しぶりに会えた夕夏ちゃんは、アホ面で……なんか、変な髪型をしていた。恥ずかしかったのか、咄嗟な仕草で外して前髪を整えてたけど。
音沙汰もなく、脈絡もなく突然現れた私に面食らって、手からポロリと落ちたトマトが赤い飛沫で床を彩る。
「あー。もったいない」
「っごめ…」
拾おうとした互いの手が、触れる。
急上昇して色を変えた体温に、密かに心臓を昂ぶらせながらも、平然を装って緩い指の隙間を埋めた。
動揺した夕夏ちゃんの瞼は上下して、あわあわと慌てるみたいに口が動くのに、素直な体はしっかりと握り返してくる。
罪なくらいかわいい恋人に、キスのひとつでもプレゼントしようと首を傾けた。
「っま、待って」
でも、照れた手のひらによって遮られてしまった。
「な、なん、なんで、いんの」
まずは説明を求められて、私としたことが性急すぎたと反省し、置いてあったパイプ椅子に腰を下ろす。夕夏ちゃんも、座り直していた。
どこから伝えればいいのか。この一年で色んなことが起こりすぎて、話し出すまでにけっこうかかった。
待っていた彼女は、思いついたように水分代わりのトマトを差し出してくれる。ありがたく受け取って、汁が垂れて服につくのも構わずかじりついた。
「んま」
「よ、よかった。……それ、で」
「うん。離婚しました」
簡潔に、思いついた言葉で答えた。
夕夏ちゃんは唖然として、目をパチクリとさせる。
「け、結婚した、の?私以外のやつと」
「やだ。やめてよ。するわけない」
とんでもない勘違いをされたから、そこは即座に否定する。分かりやすく安堵してるのがかわいかった。
「お父さんと、お母さんがね。離婚したの」
「あぁ……」
「で、こっちにまた引っ越してこようと思ったんだけど……学校の手続きとか、色々。時間かかっちゃって」
強引な母親の勝手で決められた通信制、皮肉なことにそのおかげで私はこうして戻ってこれた。
本拠地は都内だけど、スクーリングはこっちでできることになって、融通のきく比較的自由度の高い通信故に住所を移せた。
細かいことは大人である父がやってくれたから、よく知らないんだけど。とにかく、母から解放され、無事解決。
「な……なんで、連絡してくれなかったの」
「確実に戻れるか、分からなかったから…」
そんな状態で期待を持たせるようなことを、なにより自分が期待して傷付きたくなくて、夕夏ちゃんには内緒にしてしまった。
「夕夏ちゃんのお母さんがね、手伝ってくれたの」
「え。うちのおかあとは連絡取ってたの」
「うん」
離れ離れになった、すぐ後くらいから。父を通じて。
父と夕夏ちゃんママは幼馴染で、高校までは腐れ縁で仲良くしてたそうで、旧友のため、そしてなにより私と自分の娘のためにもと全面協力してくれていた。
娘が目の前で突き飛ばされたのに、何もできなかった、守れなかったことに対する償いだとも話していた。
「クソ……なんでみんな言ってくんないんだよ」
「途中からは、サプライズのつもりで」
「もっと早く知りたかったよ!」
そしたら、私は……と、語尾は小さくなっていった。
彼女にしては、滅多にない感傷的で裏返った声で主張してきて、罪悪感がチクリと胸を刺してくる。
「ごめんね…」
濡れた頬を包んで、顔を上げさせる。目が合うと、夕夏ちゃんはさらに歪んだ表情で、子供みたいに泣きじゃくった。
「もっと……もっと、早く会いたがった」
「うん…」
「もう、もう二度と、会えないんだって、私…」
「ごめん」
「っ……会いたかった」
一年分の寂しさを伝えるみたいに、強く強く抱きしめられた。
「会いだかったよ、詩乃ちゃん……っ」
涙声につられて、目頭に熱さが登る。
「うん……っ。私も」
今度こそ、この体温を手放さない。
覚悟を決めて、腕の中で咽び泣く夕夏ちゃんの頭を何度も宥め撫でた。




