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君と熟れた夏  作者: 小坂あと
前編

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第26話「1年後、高2の夏」









 髪が伸びた。


 切るのだりーな、とか放置してたらけっこう長くなっちゃって、視界にかかるのが邪魔だけど切ってない。


 友達からも「だいぶ雰囲気変わったよな」と言われるようになった。身長も、去年よりは何cmか伸びて、あんま外に出なくなったから肌の色もちょっとは白くなった。


 とはいえ、詩乃ちゃんの美白に比べたら、足元にも及ぼない。


「すき」


 無事に闇堕ちした後の気だるげな雰囲気が癖に刺さる子もいたらしく、神社裏で女の子に告白された。


「すきです、夕夏ちゃん」


 私を見上げ、可愛い上目遣いをする女の子と、詩乃ちゃんの姿が重なった。


「……村のやつにバレたら、大変なことになるよ」


 女同士で付き合うことの危うさを、私は知っている。


「そ、それでも、すき」


 だから忠告してあげたのに、女の子は挫けなかった。むしろ、意志の強さを瞳に宿す。


 同情心と、諦めが半分ずつ。


「……ごめん」


 頷こうとして、首を横に振った。


「好きな人がいるんだ」


 春夏秋冬、季節が4つ過ぎても忘れられない恋が、たった一人を愛する激情が、今も胸の内で篝火を焚いている。ここにいるよ、忘れないよ、と。排他的な闇の中で、彼女という光がいつ戻ってきてもいいように。


 諦めきれない女の子は「せめて友達になりたい」と食らいついてきて、連絡先を交換した。聞けば、今年入学したばかりの一年生、後輩だった。


 かなしいかな、男子にはモテないのに同性にはよく好かれる。女好きには女好きが集まる、何か色香のようなものがあるのかもしれない。


 詩乃ちゃんのせいで、普通の恋愛ができなくなっちゃったじゃんか。


 男と結婚して、子供産んで、実家の八百屋継いで?順風満帆な人生が、ぶち壊しだ。拗らせちゃったよ。


 全部、君のせいだ。


「こーら。夏休みだからって引き込もってないで、たまには遊んできなさい」


 ザリガニ釣りも、川遊びもさ、何やっても退屈で。


 徹夜するほど熱中してたゲームだって、つまんないんだ。


「外出ないと、あんた。カビ生えるよ」

「そんで?そのまま股間にキノコでも生やせってか。はは」


 そしたら、詩乃ちゃんと結婚できるかな。


「……ごめんね」


 畳んだ布団を背もたれに、窓の外をぼんやり眺めていたら、そばにしゃがんだ母親が珍しく暗い顔をして謝った。


「男に産んでやれなくて」


 何を言い出すかと思えば。つい、笑ってしまった。


 相手は本気なんだろうけど、困ったことに私は一度たりとも「男になりたい」と思ったこともなければ、「男だったら…」と女の自分を否定したこともない。


 彼女との恋に、性別なんてなかったから。


 どちらかが女でも男でも、どっちも男だったとしても関係なかった。詩乃ちゃんだったから、私だったからよかった。


「別に気にしてねえよ、ババア」

「だって、ち■こ生やしたいとか言うから…」

「言ってない!きっしょいな!」

「ほら。いいから、外出なくても店手伝って」

「わかったよ…」

「今日はいいことあるよ〜」


 さっきの真剣さはどこへやら。いつもの調子で大きく伸びをして歩き去った母親の背中を見送り、邪魔な前髪だけはゴムでくくって部屋を出た。


「ふっ……パイナポー」

「おい。誰がパイナップルだ」


 長い前髪がぴょんと立った髪型を見て、リビングで鉢合わせた弟がケラケラ喉を鳴らす。


 働く前に一杯、と麦茶を取り出してコップに注いだ。ついでに、弟の分も渡してやった。あんま自分から水分摂らない子だから。


 人前に出る仕事だってのに、見た目も気にせず店に立つ。ノースリーブに短パン、おまけに果物頭した私を父と母は笑い、呼び出したくせに裏の作業を勧めてきた。


「ったく……人使いの荒い…」


 ぶつくさと文句を垂れながら、トマトの仕分けをしていく。パイプ椅子に座り、食べられそうな不良品を探した。


 そういえば、トマトは詩乃ちゃんの好物だったな……好きなものまで健康的なんて、と感心したっけ。


 今も、好きなんかな。


「あ!そうだ、夕夏」

「ん?」

「新しくバイト雇ったから。もし来たら、仕事教えてあげて。多分、裏口から入ってくると思うから」

「はーい」


 バイトなんて……珍し。


 詩乃ちゃん以来じゃないか?私以外に、誰か雇うの。


 うちも繁盛してきたし、去年の冬だかに商店街にできたカフェ・ライラにも卸すようになったのもあって業績は好調。


 人手が足りなくなってきたんかな。売るだけじゃなくて、畑で育てる方も始めたいって親父言ってたし。


「……うま」


 形が悪いだけのトマトをかじりながら、無心で作業を始める。


 カチャリ、と。


 ノックも無しに外へ続く扉が開いて、真っ白な女性らしい形のサンダルを履いた細く白い足が視界の端に映った。


 働くには、動きにくそうなヒール、だ。


「あ。夕夏ちゃんだ」


 聞き慣れたようで、最近は聞いていない声が、鼓膜を撫でた。


「って。ちがうちがう……まずは挨拶しないと。私ってば…」


 え……?


「改めまして。今日からお世話になります」


 顔を上げると、そこには――


「雪村、詩乃です!」


 待望の笑顔が、あった。




 




 

  

 

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