第24話「こんなの、おかしい」
夕夏ちゃんが隠れ蓑として選んだのは、神社裏の壊れた物置小屋だった。
随分前から放置され、鍵や扉も意味を成していない小屋の中には、おそらく誰かが野良の動物でも匿っていたんだろう。獣くさい座布団と毛布があった。
幼い頃はよく、かくれんぼでここを利用しまくってたらしい。絶対に見つからないスポットだと教えてくれた。
ちょっと不潔で抵抗あるけど、外でやることやっといて今さらか……と膝を丸めて座った。
「夜ご飯とか……持ってくればよかった。詩乃ちゃんは、お腹すかない?」
「……すいた」
「なんか買い行くべ」
「見つかっちゃうよ」
「そっか…」
立ち上がろうとした夕夏ちゃんを引き止めて、しばらくは無言の時間が続いた。
「やっぱ、腹減ったわ」
沈黙を破ったのはお腹で騒ぐ虫の音で、私の恥ずかしさをごまかすためかわざとらしく声を出した相手の優しさに、肩を縮める。
「うちからお金と、果物持ってくっから。待っとき」
「わ、私も…」
「ふたりでいるとこ見られたら、まずいからさ」
ひとりの方が身軽に動けるから、というのもあるんだろう。迷惑をかけないように、しぶしぶ頷いた。
小屋から出て行った夕夏ちゃんの足取りは軽く、後ろ髪を惹かれることもなく走り去ってしまう。残された私は、ただただ背中を丸めた。
さびしい。
たった数分離れただけで泣いちゃうくらいなのに、また都会に戻るなんてむりだよ。
離れたくない。……離れられない。
「……大丈夫かな」
涙が乾いても戻らないから、心配になってスマホを見る。連絡は来てない。
神社から夕夏ちゃんの家まではそんなに遠くなくて、往復でも十数分あれば充分なはず。なのに、全然帰ってくる気配がない。
ひとりぼっちで心細くなって、「待ってて」って言われたことも破って、外へ出てしまった。
夕夏ちゃんと過ごした夏の記憶を頼りに、夜道を抜けて、明るく照らされた商店街へと進む。この時間になると、お店は閉まっていて辺りは静まり返っていた。
けど、彼女の家である八百屋に近付くにつれ、
「っ……な!おかし…」
「この、……!――」
怒鳴り声の会話が、響き渡った。
おそるおそる静寂を壊す現場へ向かうと、夕夏ちゃんと私のお母さんが声を荒げて口論していた。
「詩乃ちゃんの気持ち考えろよ!自己中ババア!」
「あなたみたいな口の悪い野蛮な子と付き合ってるからあの子は…」
「はぁ?関係ねえだろ!お前の教育が悪かったんじゃねえの、人のせいにすんな!」
「こら、夕夏!言いすぎ」
「お母さんも、子供相手に大人気ない……落ち着かないか」
「これが落ち着いていられる!?この子は私の子を侮辱したのよ!訴えてやるわ!」
「やってみろ、バーカ!」
お父さんや夕夏ちゃんママがふたりを止めようと割って入るも、どちらも激昂状態で聞く耳を持っておらず、止まない怒声の中へ足を踏み入れる。
殴り合いに発展しそうだった空気は一変して、蝉の音も消えるほどの静けさに包まれた。
私を見た夕夏ちゃんとお母さんの反応は同じで、驚きと心配が入り混じった視線が刺さる。
「詩乃ちゃん……なんで」
「ご、ごめんなさい。ひとりで、怖くて」
「あ……ご、めん。すぐ戻れなくて。不安だったよね」
駆け寄ってきた恋人の手が頬に触れた瞬間、背後で母親の目がつり上がった。
「汚い手で、私の詩乃ちゃんに触らないでちょうだい!」
大きな声に反応して振り返った夕夏ちゃんの肩に、バチンと手のひらの衝撃が加わる。そのまま、後ろへ倒れ込んだ。
その場にいた全員が、息を呑んで固まった。
さすがに暴力を振るうとまでは思っていなくて、呆気にとられている内に母の腕によって抱き寄せられ、閉じ込められる。
打った後頭部を押さえながらも体を起こした夕夏ちゃんの手が、私へ伸びる。けど、母の足によって踏みつけられてしまった。
「っ……詩乃ちゃんを、返せ!」
「あなたのものじゃない!……お父さん!」
「えっ」
「早くして!連れて帰るわよ!」
「あっ、あぁ」
情けなく応じた父が運転席に乗り込み、自動で後部座席のドアが開く。
「詩乃ちゃん!」
「夕夏ちゃん!」
お互い相手の存在を掴もうと、腕が千切れるほど前へ、前へと出した。その間も、母は車の中へ引きずり込んでくる。
「夕夏ちゃ」
惹かれ合う私達の手が繋がれることはなく、虚しくも宙を掴んだ。
呼ぶ声すら遮られ、ドアが閉まる。
「夕夏ちゃん!夕夏ちゃん……!」
割る勢いで非力に叩いたガラスの向こう、夕夏ちゃんは必死に追いかけてくれていた。
でも、車の急発進と共に景色が流れ、彼女の姿が小さく、見えなくなっていく。いなくなってしまう。
「夕夏ちゃん…」
枯れ果てた、掠れた呼び名が落ちる。
無力感に見舞われ、涙さえ出てきてはくれなかった。
「ぉ、お母さん……のが」
詩乃ちゃんのことを散々、悪者扱いしたくせに。誘拐だのなんだのと、騒ぎ立てていたくせに。
沸々と、怒りが溢れる。
「こんなの、誘拐じゃない…」
私の敵意を受け取った母は、気難しい顔をして視線を伏せた。
「あなたのためよ」
「っ――!」
息苦しい車内を、喉を焼く叫びが埋めた。
私のためになんか、なってない。
ひとつも。




