第22話「誰か、教えて」
「ごめんなさい!」
久しぶりの親子の再会を喜ぶでも悲しむでも反抗するでもなく、私が真っ先にやったのは床に額をつける謝罪だった。
許してもらわなくては、始まらない。プライドはかなぐり捨てて、地面を掘る勢いで誠心誠意の土下座をした。
「やめなさい。そんなあなたは、見たくないわ」
怒りとは程遠い、それでもまだ堅さを含ませている優しい声色によって、顔を上げる。
「ゆ、許してください……お母さん」
穏やかそうなのが、逆に恐怖を植え付けてくる。
母親の中では確定事項だからこその、余裕というか。私の意見を取り入れるつもりなんて最初からない、突き放した諦めというか。
長年、娘として生きてきたからなんとなくだけど察してしまう。顔色を伺わずとも、空気感で分かる。
「許すも何も、ないわ」
「じ、じゃあ」
「あなたがしたくてしたことでしょ?なら、その結果がどうであれ、責任を取らなきゃ」
自由には、義務が。
行動には責任が伴う、と。
この時に、知った。
「好きにすれば?別にあなたが女と付き合おうが、家出しようが、いいわよ。勝手になさい」
「え……で、でも」
「私も好きにするだけだから。それが対等でしょ?」
この人は、本気だ。
「勘違いしないで。あなたに押し付けたいわけではないのよ。だから、あなたは好きにすればいいわ。その代わり、お母さんも好きにさせてもらうから。文句ないわよね?」
本気で、潰しにかかってる。
私と夕夏ちゃんの、未来を。関係を。
「秋からは、通信制の高校に行ってもらうから」
「ちょ、ま、まっ」
「パンフレット、渡しておくから目を通しておいてね。全日制の学校は、あなたには合わなかったわね。通信なら、いくら体調を崩しても、休んでも構わないから」
まるで聞く耳を持ってくれない。私の声が脳に影響を与えてないみたいに、自分の喋りたいことだけを投げつけられる。
どう、しよう。
父親に視線を送って助けを求めても、この家で、特に私のことに関して主導権を握るのは母で、下手に逆らえないんだろう。眉間のシワを深めるだけで終わった。
「っこ、高校なんて、行かない」
自分で言うしかない、と口を開いた。
「無駄よ。あなたが行かなくても学費は払うし、手続きはする。この忌々しい村からも出ていく」
「っ……勝手にして、いいんでしょ!」
手も膝もついた、降伏した情けない体勢で強気に声を出す。
母は冷めた目で見下ろすだけで、呆れも怒りもしない。しばらく、無言の睨み合いが続いた。
「私は、この村に残る。都内の学校には行かない」
「……それで?どこに住むの」
「ゆ、夕夏ちゃんのとこ」
「あのねぇ……詩乃。あの家はうちと違って貧乏なのよ。あんなみすぼらしい人たちが、お金をせびらないと思ってるの?」
「そんなことする人達じゃない!」
「へぇ、そう。じゃあ、あなたは赤の他人も無償で住まわせてくれる善良な人間に迷惑をかけて生きていくのね?一生」
嫌な言い方ばかり、する。
そうやって感情的にさせて、言葉に詰まるのを待って、畳み掛けようとしてるんだ。現に、今の私は何も言い返せない。
夕夏ちゃんや、夕夏ちゃんの家族に迷惑をかけたいわけじゃないもん。でも、そこを頼らないと私は――
「お母さんには、いくらだって迷惑かけてもいいのよ」
文字通り、悪魔が囁く。
「これまでも、面倒見てきたのは誰だと思ってるの?今さら、どんなわがままも平気よ」
「……ここに残って、夕夏ちゃんといたい」
「それだけはだめ」
「なんで」
「あなたのためよ」
もう、めちゃくちゃだ。母の支離滅裂な発言も、私の感情も。
どうしたら、いいの?
夕夏ちゃんとの未来を、生活を、日常を、幸せを望むことが、そんなにだめなことなの?好きな人と一緒にいたいことの、何がいけないの?
「今のあなたはね、おかしいの。普通じゃない。あの子のせいだわ」
「ち、が…」
「あなたがそうやって頑固になればなるほど、恋人の価値も落ちるのよ」
私のせい、なの?
「本当に好きなら、諦めなさい」
好きだから諦められないのは、変なの?
「相手のためよ。詩乃」
「夕夏、ちゃんの?」
「そう。好きな人を苦しめたくないでしょ?」
「そ、れは」
そうだけど。
でも。
「思春期の恋なんてね、どうせ卒業するまでに別れちゃうんだから。そうでなくても体の悪いあなたの面倒を、いつまでも見させる気?相手の負担になりたいの?」
なりたくない。
そんなの、絶対に嫌。
「詩乃の面倒を見られるのは、私だけなの。他の人には無理よ」
「ぃ、や……でも」
夕夏ちゃんは案外、面倒みが良くて。
自分のことに関しては大雑把で豪快だったりするけど、他人への気遣いは細かくて繊細で、紳士的で。
だからこそ、疲れさせちゃう……?
私の存在は、彼女にとって足枷なの?
「よく、考えなさい。……転校の件は、先生とも話を進めてるから」
話は終わりと言わんばかりの態度で、母はリビングから姿を消した。
父は、ただただ押し黙って四つん這いになる私を見ていた。
無力感に、蝕まれる。
何も、考えられない。
誰も、教えてくれない。
世界に、見捨てられた気がした。




