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君と熟れた夏  作者: 小坂あと
前編

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第21話「嵐の前の静けさ」










 バス停に行く前に、海へ行った。


 おまわりに見つかったら即アウトな二人乗りで、チャリをかっ飛ばして十数分。すんなり、無事に辿り着いた。そもそも田舎だから人も少なく、見つかる心配なんてなかった。


「わぁ〜……!海、綺麗…」


 道路に面した堤防の上に立ち、日焼け防止の麦わら帽子を押さえながら、詩乃ちゃんは感嘆と吐息を漏らした。


 白いスカートが揺れるたび、回想が脳裏を過ぎって胸を締め付ける。


 幼い頃は移動手段も、移動範囲も少なかったから来れなかった地へ、こうして少し大人になってやり直しができるとは思いもしなかった。


「今の時期はクラゲいるから、入れないんだ」

「そっかー……残念」

「来年も、また来ようよ」

「うん!」


 この時にした軽率な約束が、守られることはなかった。


 遠くから眺めると深い青緑。近くで見ると淡い半透明の海と白砂の境界線では、波が様々な模様の泡を作っている。


 真っ青と表現するに他ない空と海の間、水平線は光の反射でキラキラぼやけていた。


 灰色のアスファルトは熱され、蜃気楼を生み出す。


 山の緑からは枝葉がぶつかる繊細な音と、蝉や鳥の鳴き声が降り注ぐ。


 おいしそうな雲が浮かぶ。


 夏だ。


「……もう、終わっちゃうね」


 出逢いの季節も、終焉に向かおうとしていた。


「学校でも、仲良くしてくれる?」

「当たり前じゃん」


 しゃがみこんだ詩乃ちゃんの隣に座って、海側へ足を投げ出す。


「恋人以前に、友達でしょ」


 都会からやってきた女の子――篠原詩乃ちゃんは、


「うん。……友達」


 一番の親友であり、初恋の相手であり、


「でも、キスしたい」

「ははっ。“でも”じゃないよ」

「そう?」

「だってさ」


 最愛の、恋人でもある。


 言おうとした唇は塞がれ、抱きついてきた体を全身で受け止めた。


「……夕夏ちゃんと、出会えてよかった」

「……うん」


 私もだよ。


 君に出会えて、よかった。


 まだ青さの残る私達は、自分達の未熟さを理解できていなかったんだ。どこかで、自立した大人だと自惚れていたんだ。


 なんだって、できる気がしていた。


「あ……ごめん。お父さんから電話…」


 海からバス停へ戻る途中。


 せっかく時間も元気も有り余ってるからと、散歩がてら歩いて帰っていた私達の元へ、突然のお知らせが舞い降りる。


「もしもし、お父さん?……うん。うん」


 なんとなく、足を止めた。詩乃ちゃんも話に集中したかったのか、立ち止まった。


 なんだろう?と首を傾げたタイミングで、どこからか汽笛の音が吹いた。田舎に住んでいたら日常的に耳にする、聞き慣れた船の汽笛だ。


 不穏な予感に、胸がざわつく。


「えっ……?」


 詩乃ちゃんの喉からは、唖然とした声が溢れた。


「うそ、でしょ」


 嘘だよね?と念入りに確認した彼女はひどく動揺していて、父親といったいどんな会話をしているのか。顔からはだんだん、血の気が引いていく。

 

「う、うん。わかった。……うん」

「ん……お父さん、なんて?」

「ごめん、夕夏ちゃん」


 電話を切って開口一番に謝られたから、まさかと口元が引きつる。


「今日……バス停行くの、無しにしたい」

「な、なん、で?」

「帰らないと、いけなくて。帰らなきゃ、いけなくなって」


 混乱しているのか、ほとんど同じことを呟いた詩乃ちゃんの瞳は泳ぎ、瞬きの回数も異常だった。


 涙を堪えているようにも見えた。……潤んでたから。


 とにかく、お父さんが私の家まで迎えに来てくれるからと、急いで後ろに乗せ自転車を漕いだ。幸い、けっこう歩いてたから家まではあっという間だった。


 怖くて聞けなかった理由は、詩乃ちゃんのお父さんが到着するまでに、八百屋の前で聞いた。


「お、お母さん、が」


 その人物が出てきただけで、耳を塞ぎたくなった。ろくでもない内容だと、嫌でも突きつけられる。


「転学させる……って」

「は…?」


 予想の斜め上、悪い意味で頭の働く作戦を、詩乃ちゃんの母親は計画していた。


 諦めたと、安心してたのに。


 娘を想う母親の執着を、ナメてた。


「2学期からは、別の学校に連れてかれちゃう…」

「っそ、そんな勝手な……どうにか、なんないの?」

「わ、私に聞かれても、どうしたらいいか…」

「だ、だよね」


 学校の手続きのこととか、色々。子供の私達には難しくて分からないことばかりで、ただひとつ疑問なのは詩乃ちゃんの気持ちガン無視でそんなことできんの?って。


 出来るから、こうなってんのに。


「と、とりあえず……帰って、お母さんと話し合ってみる」

「う、うん。私も、行こうか?」

「いや……夕夏ちゃんには悪いけど、今回は」

「そ、そっか。だよね」


 私がついて行ったら、火に油。さらに引き離そうと躍起になるのは目に見えた。


 大事な時に、そばにもいてやれないなんて。不甲斐ない。


「大丈夫。私、がんばるから」


 自信を失いかけた私の手を包んで、前向きな言葉で励ましてくれた詩乃ちゃんは、その後すぐ迎えに来たお父さんの車に乗り込み、去っていった。


 夏が、終わる。


 そこへ。最大の危機が、訪れた。



 

 

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