第18話「友達距離の恋人対応」
お祭りの日。
浴衣の着付けは、夕夏ちゃんのお母さんがしてくれた。
夕夏ちゃんはいつも通りの半袖半パン。髪も、軽く梳かしただけで支度を終わらせていた。
知人友人に見られたら困るからと、手も繋げない距離感でシャッターの降りた商店街を歩く。街灯のおかげで明るいけど、人が少ないから物寂しげな雰囲気が漂っていた。
開催場所は神社の敷地内にある空き地。普段は駐車場として使われてることもあるみたい。
「おー、夕夏じゃん。来たんけ」
「年に一回しかやんねんだから、そりゃ来るべな」
「んだな。みんな、あっちで踊ってっから。お前も参加すっぺ?」
「あー……今年は遠慮しとく」
「なんで。……あ」
着いて早々、男の子と親しげに言葉を交わしていた。
同級生?かな。見覚えがあるような気もするその子は私を見て理由を悟り、「お前も大変だな」と謎の同情を示した。
父の生まれ故郷とはいえ、都会で生まれ育ち、夏くらいしか帰省していなかった私は、ここではほとんど余所者。部外者は、どこに行ってもある程度の迫害を受ける。
だから慣れたことで、だからこそ幼い頃から友達も夕夏ちゃんしかいなかった。
彼女は誰であっても分け隔てなく受け入れる、寛容な心の持ち主で、こんな私でも仲良くしてくれた唯一の良心でもある。
「今年の屋台なにあんの?」
「行けば分かっペ。お前んとこの父ちゃんも、りんご飴出してっぞ」
「……タダで貰いに行くか」
「うわ。ずりい」
「うっせ。特権ってやつだよ」
夕夏ちゃん達は口が悪いような、方言ならではの独特なイントネーションで会話をして、私を連れて奥へ進む。
都会のお祭りに比べると随分と質素な、屋台が数軒ぽつんとある広場の中央には、踊り場なのか日本らしい紅白の旗で装飾が施された舞台が設置されていた。
その周りと舞台上で、みんな曲に合わせて体を動かす。
どんなに羨んでも、私はあの輪の中には入れないから、視界に入れないよう顔を伏せた。
「親父〜、りんご飴ひとつ」
「おぉ、夕夏!来たんか」
「そりゃ来んべ。……食べやすいように切ってもらえる?」
「おう?何言ってんだ。かぶりつくのがうめんだべ」
「詩乃ちゃんも食べるからさ」
「そっか。したっけ準備すっから座ってろ」
「おけ」
“座ってろ”という言葉は無視して、次に立ち寄ったのは焼きそばやたこ焼き、からあげ。たくさんの品物を取り扱っている大きめのテントだった。
自治体が運営しているから安いとか、なんとか。
確かに私のよく知る屋台ではあり得ないような値段が並んでいて、中には小銭1枚で買えるものもあった。
「なに食べる?」
「う、うぅん……」
実を言うと、こういう野外の食べ物は禁止されていて、食べたことがない。
未知なる恐怖と不安はあれど、好奇心には勝てなくて、「全部」とわがままになってみたら、夕夏ちゃんは迷うことなく本当に全部頼んでくれた。
「ち、ちゃんと食べきれるかな…」
「いうて、どれもそんな多くないよ。安い分、ちっちゃいからさ」
「よかった…」
「それに、私がいるでしょ」
誇らしげに胸を張った彼女は確かに、細身なのによく食べる。痩せの大食いというやつである。
頼もしい恋人に寄り添いたくなって、肩に頭を乗せかけたけど、周りの目が刺さる前に耐えた。こんなとこでそんなことしたら、夕夏ちゃんに迷惑がかかっちゃう。
本音はもちろん、抱きつきたい。けど、好きな人のためならこのくらいの我慢、へっちゃらだもんね。
「ほら、食べな」
「うん」
隅っこでうずくまって、まずはカットされてカップに詰められたりんご飴に手をつける。
お尻がつかない体勢なのは疲れるだろうとタオルを敷いてくれたから、そこに腰を落とした。夕夏ちゃんは汚れるのも構わず地べたの上であぐらをかいた。
「うまいべ、うちのりんご」
「ん。すっごく」
「いっぱい食いな。残ったら、私にちょうだい」
「ありがとう…」
友達距離なのに、恋人らしく甘々な対応なのが、ドキドキする。
荒ぶる心音が相手にまで届いてないか、心配になるくらい。飴をまとったりんごの甘さより、酸っぱさに落ち着く。
しばらく、シャクシャク。綽々と。
時の流れは穏やかで、雲も木々もゆったり風に煽られていた。
「しょっぱいのも、欲しくなんない?」
「……なる」
「ふは、どれ食う?」
「うぅん。ひとくちずつ」
「任せて」
使い捨て容器のひとつに、それぞれひとくちずつくらい乗せてくれて、フランクフルトに関しては先端を噛ませる形で食べさせてくれた。……ん。あぶらっこい。味濃い。
見られても、いいのかな。
こんな、仲良くしてるところ。
「ケチャップ、ついちゃったね」
「ん……取って」
「いいよ」
親指の腹が、唇の端を拭う。
「詩乃ちゃんの口、ちっちゃいなー…」
うわ言みたいに呟き、流れるように舐め取った夕夏ちゃんに、動じたのは私だけかも。
「夕夏ちゃん…」
見えないよう、こっそり。
背中側の服を、つまむ。
「ん……?」
「こっち、来て」
「はは。もう充分近いじゃんか」
「内緒話、あるの」
「はいはい。どうしたの」
油断した優しさを利用して、耳をこちらへ近付けてくれた夕夏ちゃんの頬に、浅く唇を押し当てた。
「すき」
鼓膜を通じて脳まで届くように色香を乗せると、平然としていた皮膚の褐色は一瞬で赤く彩られ、りんごにも負けない熟れた果実へと変わる。
誰かに知られても、もういい。
最悪は、ふたりで。
この狭い世界から飛び立ちたい。




