第16話「看病、だから」
残念なことに熱が下がりきらなかった翌日の朝。
「とりあえず、ひと通り持ってきたが……足りるか?」
「……うん。大丈夫そう」
人生初の家出を手伝ってくれた父が、必要最低限の荷物を夕夏ちゃんの家まで届けてくれた。
どのくらいになるか分からないとはいえ、少なくとも夏休みの間は泊まらせてもらえることになったから、その間の生活費は父から夕夏ちゃんママへ払われるらしい。
何から何まで……と大人達に頭を下げたら、怒られるどころか「これまでよく頑張ったね」と慰めの言葉を貰えた。
お母さんは悪い人じゃないけど、むしろ私のよき理解者で出し惜しみなく愛をくれる良い母だ。でも、年頃の娘には、ちょっと過干渉で過保護すぎるみたい。
「ごめんね、お父さん」
「いや……正直、バイトを始めるって言ってくれた辺りから、いずれはこうなると思ってた」
基本的には黙認主義ではあるものの、協力的な父は薄々察していたらしい。娘の反抗期を。
こうして無事、晴れて公認の家出少女となった私は――さっそく、39度の高熱に見舞われた。
「うぅー……ごめん〜」
「大丈夫だよ。謝んなって」
「面目ない〜…」
「ははっ。元気になるまで看病するから。安心して風邪引きな」
「すき」
「う、うん」
面倒くさがらずに、最初に発言した通り付きっきりで看病してくれた夕夏ちゃんは、慣れた動作でタオルを絞り、額に乗せてくれた。
聞けば、弟の具合が悪くなった時とかは、仕事で忙しい両親の代わりによく面倒を見ていたらしい。
「弟くん……秋夜くん?」
「うん。あいつも体弱いからさ。今よりもっと小さい頃はしょっちゅう熱出して寝込んでたよ」
「そうなんだ…」
「最近はほとんどないから、一緒にゲームばっかしてる」
「仲、いいんだね…」
「喧嘩もするよ。たまにはね」
「いいなぁ」
私は、ひとりっ子だから。そういうの、一生かかっても経験できない。
羨ましいな、誰かと喧嘩してみたいな、って。変な願望を抱える。思いの丈を伝えても大丈夫な関係って、どんな感じなんだろう。
姉妹は無理でも、そのうち夕夏ちゃんとそうなれないかな?
喧嘩しても、ちゃんと仲直りできて、離れない恋人に。
なりたい。
「夕夏ちゃん…」
そのために、まずは距離を縮めるところから。
滲み出る下心を感知したのか、服を軽く触っただけでドキリとした顔で肩を上げた夕夏ちゃんは、目を合わせないよう一点を見はじめる。
「な、なに?」
「……体、拭いてくれる?汗かいちゃったの」
治るまでは、キスもだめ。だから、別の方法で。
今回はさすがに提示した内容が際どいものだったからか、すぐには頷かないで固まった夕夏ちゃんの顎から、汗が垂れる。
これは看病だよ、って。
耳元で、余白を多分に残してやっと、悪魔の囁きに傾倒した夕夏ちゃんがタオルを取りに部屋を出た。
戻ってきた彼女は私の体を覆っていた毛布を剥がして裾を掴み、持ち上げようとして、止める。
「どうしたの?」
「や。やっぱ、これは…」
「ただ、体拭くだけだよ……?」
臆病なんだから、もう。と、恥を捨て自ら肌を露出させる。
鎖骨の辺りまで露わになった私の姿に、ぱっちり瞼を上げて息を呑んだ相手の、喉元が動く。生唾を飲んだ音が、こっちまで聞こえてくるようだった。
何もやましいことはない。だって、拭くだけ。
「ね……夕夏ちゃん」
「ぁ、え…」
「はやく」
切ない声で誘い出したら、子羊は戸惑いながらも抜け出せないところまで足を踏み入れる。
冷たい布の感触がお腹に当てられ、そこから上へ、上へと汗を吸い取りながら目的の場所へ近付く。どうせ外に出ないからと、着込まなかったのが功を奏した。
顔を真っ赤にして、なるべく見ないようぎゅっと目を閉じて人の体を拭く愛しい恋人の首へぶら下がって、重みに任せ首元へうずめさせる。
自分の体を床に腕をついて支えながらも、しっかり私の肌にも布巾を滑らせる夕夏ちゃん本人が、拭いても拭いても意味がないほど汗だくになっていた。
「暑い……?」
「熱い…」
「……もう、やめる?」
我慢、つらいもんね。
触りたいのに触れないの、もどかしくて嫌になっちゃうよね。私も同じだから、分かるよ。
つらいなら、やめていいよ。
絡む視線のみで意思疎通を図る。意図を理解した夕夏ちゃんの眉が、悩ましく寄せられた。
「やめたく、ない…」
悔しさのこもった素直さを抱きしめて、茹だった耳へ唇を寄せた。
「じゃあ、やめないで」
「ぅ、ん」
「最後まで、“看病”してね」
途中で降参は無しね、とやんわり伝えて、タオルを握る手を包み込んだ。
脇腹から脇へ移動させて、そのまま。
「ん……っそ、こ」
布を一枚挟んで、膨らみを持たせる。本人も抗えないのか、力を入れては緩める動きを繰り返していた。
肌には触れてないから。何してもセーフ。
なんて、理性の溶けた頭で曖昧な線引きをしては、夕夏ちゃんと出来る事を増やしていく。そうでなければ、若い果実は食べられる前に、地面に落ちて潰れてしまうから。
食べられたい。
から、食べてもらえるまで、攻める。
「は、う……もう、だめ。夕夏ちゃん…」
「し、詩乃、ちゃ」
「ここも、拭いて…?」
服をさらに捲し上げて、見せつけた。
「っ、こ、ここ、って?」
「言っても、いいけど……」
羞恥から、渋る。あと、あまりグイグイいきすぎて軽い女とか、変態って引かれちゃうのも、こわくて。
でも言わなきゃ。多分、夕夏ちゃんは触ってくれない。
視線を外し、下唇を浅く噛む。心の準備を、密かに呼吸を深くして、脳に酸素を送ることで整えた。
「……ち」
「ち?」
「ち、く」
言いかけた瞬間。
「お姉ちゃん、俺のゲー……」
ノックもなく、扉が開いた。
あまり好ましくはない光景を目の当たりにした秋夜くんは、無言で体を硬直させた。
時が、止まる。
「……お母さん、お姉ちゃんがエッ」
「っば!言うな!絶対に、言うな!ばか!」
慌てて私に毛布を掛け、起き上がった夕夏ちゃんは出ていった秋夜くんを追いかけて消えてしまう。
ひとり残った室内で、
「……ここ、鍵ないんだ」
あと、ノックしないんだ。
自分の家とは違う勝手の悪さに、ため息をついた。




